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July 11, 2009

憲政を破壊した麻生首相

 7月12日の都議選を控え、自民党内は混乱状態になっているようだが、7月5日の静岡県知事選で民主党が分裂選挙だったにもかかわらず、民主党候補が当選していることから、都議選の結果及びその後の国政の政局については、政治に関心がある人ならある程度予想がつくというものである。

 今回取り上げたいのは、都議選後の政局ではなく、国政におけるこれまでの時間の浪費についてである。麻生首相は、政権を投げ出した福田首相の後を受けて発足した。実質的には自民党の選挙の顔として、形式的には選挙管理内閣として発足したはずである。それが本格政権を目指したためにおかしなことになり、時間の浪費となった。

 選挙を経ずに首相になったこと、直近の国政選挙である参院選で民主党が勝利していることから、麻生政権には政治的正統性がない。戦前、政党政治の慣例になっていた憲政の常道というものに反するのである。にもかかわらず、衆院の3分の2で再議決できるという憲法の規定を乱用するというのは憲政の破壊にほかならない。

 さらに、選挙管理内閣が半年以上続いたことで、本格政権ができていれば実行できたことができず、国政が停滞した。世界同時不況が起こったこと、米国で政権交代したことを考えると、この半年の政治の停滞は致命的だったかもしれない。イタリアで行われたラクイアサミットでほかの首脳からまともに相手にされなかったというのは、政治の停滞における氷山の一角に過ぎない。

 大正デモクラシーのとき、「閥族打破、憲政擁護」というスローガンがあった。大正元年12月5日、山県有朋ら閥族とむすびついた陸軍が西園寺内閣を総辞職させたとき、政党人である尾崎行雄や犬養毅がこのスローガンを叫んだ。次の国会では、数万人の国民が国会議事堂を取り囲み、発足したばかりの桂内閣は大正2年2月11日、総辞職に追い込まれた。

 もし、尾崎行雄が生きていたら、麻生首相に向かって憲政擁護を叫んでいたのではないか。自民党は過去の日本の歴史を美化するのが好きなようだが、戦前の政党政治からも学ぶべきだ。それ以前に、漢字の読めない首相では、戦前の歴史は知るよしもないということなのか。

August 05, 2007

憲法9条を救った年金問題

 7月29日に行われた参院選は自民党が37議席で、与党が過半数割れという結果になった。過去最低だった1989年の36議席を1議席上回ったからというわけでもないようだが、安倍首相は続投を宣言し、これに対して世論の賛否はほぼ半数に割れている状況である。

 今回、安倍首相は憲法改正を争点にするつもりだったようだが、民主党が追求したこともあって、年金問題が争点となった。それによって、憲法改正を基準にして投票した人は少なかった。

 しかし、憲法改正が争点になっていなかったとはいえ、安倍首相がその気になっている以上、今回の参院選で自民党が勝利していれば、憲法改正の国民投票が実現していただろう。

 今回、民主党が勝利したことで憲法改正は当分遠のいた。私は以前の記事で、今回の選挙は自由民主主義か極右全体主義かを選択する選挙になると予測したが、年金問題による自民党への逆風が、結果的に憲法9条を救い、日本の自由民主主義を救った形となった。

 共同通信社のアンケートによると、今回当選した民主党の参院議員は68・5%が9条改憲に反対している。これに対し、自民党は68・8%が賛成となっていて、民主党は右派議員がいるとはいえ、自民党に比べればリベラルな傾向がみてとれる。

 憲法改正が遠のいたとはいえ、早ければ次の総選挙で改憲勢力が攻勢に出るかもしれない。護憲勢力も一枚岩ではなく、足の引っ張り合いをしている現状がある。共産党など護憲勢力の一部は、民主党を保守的な改憲政党と批判しているようだが、現実には民主党が9条改憲に反対する砦となっている。その一方、民主党の護憲勢力も執行部に対して遠慮せず、奮起していかなければならない。ここで長いものに巻かれて改憲に賛成してしまえば、共産党などから戦犯扱いされても文句はいえない。まるで、直前になって戦争支持に転換してしまった、第一次大戦前のドイツ社民党のようになってしまう。

 9条改憲に反対していくには、9条はイデオロギーではなく、日本が歴史的に獲得した平和に対する気持ちの反映であることを訴えて、保守層の支持を獲得する必要があるだろう。


9条改正反対は55% 集団的自衛権行使も否定的(福井新聞 8月1日)

 共同通信社は1日、第21回参院選の公示前に行った全候補者アンケートから当選者を抽出し、政策課題に関する意識を分析した。
 任期中に国民投票法が施行される憲法改正問題では、何らかの改正を支持する「改憲容認派」が64・6%に上ったが、9条改正に限ると55・7%が反対していることが分かった。集団的自衛権行使に関しても48・7%が憲法改正だけでなく、解釈見直しも否定し、「一切認めるべきではない」と答えた。
 自民党は参院選公約に2010年の憲法改正発議を掲げた。しかし発議には衆参両院で3分の2以上の賛成が必要で、今回の参院選惨敗により、自民党の目指す9条を含む改正は一層厳しい状況となってきた。
 政党別では、民主党は「9条以外の部分的改正に賛成」「改正反対」が計68・5%。これに対し自民党は「全面改正」「9条含む部分的改正」が計68・8%と対照的な結果となった。
 集団的自衛権の行使については、自民党が憲法改正または憲法解釈見直しによる容認派が計78・1%に達したが、公明党は逆に当選者全員が「一切認めるべきではない」と答え、自公の見解の違いが明確になった。

September 18, 2006

トクヴィルを手がかりに民主主義を考える

 前回の記事「安倍政権の徴農政策−自由民主主義から極右全体主義へ」は、題名がセンセーショナル過ぎたかもしれないが、記事の内容は冷静に書いたつもりである。もし、安倍政権が稲田議員の徴農政策を実行した場合、国民は支持しないだろうが、衆院の多数にまかせて、問答無用で推し進めてしまうかもしれないという内容を書いたつもりだった。

 今回は、更に冷静になって、民主主義について考えてみたい。アカデミックで抽象的な議論をしたところでどれほどの意味があるのかと思われる方もいるかもしれないが、安倍氏が民主主義といかに遠い位置にたっているかがよくわかるかと思う。
 また、徴農のような政策は、自由主義よりは社会主義、民主主義よりは全体主義に近い政策であることは前回も主張したことだが、トクヴィルを読むことにより、さらに理解が深められるのではないかと思う。

 19世紀のフランスの政治思想家トクヴィルは、ジャクソン大統領時代のアメリカ合衆国を旅行して、『アメリカの民主政治(アメリカのデモクラシー)』を著した。政治学の古典的名著である。
 今回は、トクヴィルの入門書から、民主主義について私なりに抜粋してみた。

 以下、引用は、河合秀和著『トックヴィルを読む』(岩波書店)から。
(注)引用した原文はボーモン編集の全集からで、引用中の(OC,1a,26)は、(第1巻第1部、ページ数)を指す。

序章 トックヴィルと民主主義
2 民主主義の多様性
p11
 20世紀の終りに、民主主義が最終的に実現されたと主張するのは、「歴史の終り」を主張するのと同じく愚かなことであり高慢なことです。今日、民主主義と呼ばれているものがすべてインチキだと主張するのも、同じように愚かで高慢なことです。民主主義の歴史は、民主主義という観念がその時々の歴史の現実に対応しながら不断に変化し、拡大してきた過程です。何か唯一つの最高の定義があるわけではありません。誰かがその言葉の解釈権、その言葉を使う権利を独占しているわけでもありません。誰かがこれこそ民主的と唱えれば、必ずまた誰かがそれにたいして非民主的だ、反民主的だという異議を申し立ててくるはずです。このように不断に異議の申し立てにたいして開かれていること、それこそが民主主義の一つの特徴であるからです。

第4章 政府の不在−『アメリカの民主主義』第一部−
5 多数者の専政
p155-157
 民主主義のもと、すべての権力は多数者の意志から発するとすれば、多数者にはすべてが許されるのか、少数者の自由を侵害することも許されるのか−これが彼のいう多数者の専政です。彼は、あれこれの国民、あれこれの地域の住民が多数決によって定めた一般的法(憲法)だけでなく、「全人類の多数」が定めた法がある。「それは正義と呼ばれる。したがって正義は、どの国民の権利にたいしても制限を課している」と言います。(OC,1a,26)しかしこのいささか抽象的な全人類の正義はいかにして守ることができるのでしょうか。他方で彼は、すべての主権的権力には−それを行使するのが一人か少数者か多数者かにかかわりなく−専政の危険が潜んでおり、その権力が多数者の道徳的権威に裏付けられた場合には危険は一層大きいと指摘しています。「国王の権威は物理的で、人々の行動を規制しても人々の意志を抑制することはない。しかし多数者は物理 的で同時に道徳的である権力を所有しており、それは人々の行動だけでなく意志にも働きかけ、一切の〔さまざまな原理の間の〕対決を抑圧するだけでなく、一切の論争を抑圧してしまう。私はアメリカほどに精神の独立と真の討論の自由が小さい国を知らない」(OC,1a,266)したがってアメリカにおける自由はいつも「不安定」であり、専政に転化する可能性を孕んでいました。
(中略)
それでも彼は、アメリカの観察の中から三つばかりの自由の防禦装置を発見しているようです。一つは、アメリカでは法廷に大きな権限を与えているために、法律家全体がいわば貴族的な地位を占めています。「法律家が彼らに自然に属している地位を反対勢力のない状態で占めている社会では、彼らの態度は優れて保守的になり、反民主的な性質を示すことになるだろうと確信している。」(OC,1a,276)
 第二に、ちょうど土地財産の細分化が個々のアメリカ人に自らの財産権を意識させ、他人の財産権を尊重させるようになるのと同じように、タウン・ミーティングや投票への参加は政治的権利の意識を強める筈です。「民主的政府は政治的権利という観念をもっともしがない市民にまで浸透させる。財産の分散が財産権という一般的理念をすべての人の手に届くようにするのと、まったく同じである。」(OC,1a,249)トックヴィルは、アメリカ滞在中に財産権そのものを正面から攻撃する議論に一度も出会ったことがないのに気づいていました。個々人が自らの権利を自覚するようになれば、特定の地域と時期の多数者の正義だけでなく、彼のいう「全人類の正義」への意識も芽生えてくる筈です。
 第三に、人々の権利意識が高まれば、人々の意見や利益が多様であることも意識されるようになるでしょう。だからこそ多数者の意見と利益が少数者の意見と利益を圧迫する危険も生じます。しかし社会の変化が激しく、その時々に形成される多数者が固定していないとすれば、多様な志向を統合する方向を見出せる筈です。
  
第5章 民主的人間−『アメリカの民主主義』第二部−
3 民主政下の人間のディレムマとその克服法
p175-176
 およそ社会が存続するためには、共通の意見や信念が行き渡っていること、つまりは他人の行動にたいする「合理的な期待」(例えば、ものを買った人は代金を支払うといった初歩的なものにはじまって)が必要です。トックヴィルは逆説的なことに−この逆説はまことにトックヴィルらしい見事な逆説です−、他人にたいする信頼を失った人々は信頼を「公衆」に、つまりは多数者に移すと言います。「こうして民主的な人々の間では、公衆が貴族政の諸国では考えられもしなかったような独特の権力を持つようになる。公衆は、他の人々に公衆の信念にたつよう説得したりはしない。ただ、すべての人々の考えという途方もなく強い圧力を各人の知性に加えることによって、人々にその信念を押しつけ、各人の考え方にそれを浸透させていく。」(OC,1b,18)

p178-179
 ここでトックヴィルが特に注目しているのは、自由な討論と自由な結社の役割です。第1部ではタウン・ミーティング、行政委員の選挙、陪審への参加等について論じられたものが、ここでは一般的な命題として提出されています。
「人々の状態が平等になり、そして人々が個々人としては強くなくなるとともに、それだけ容易に人々は多数者の流れに譲歩し、多数者が捨てた意見に自分一人で立つことがむつかしくなる。」しかし、民主政の社会では新聞があり、新聞の中でも新聞同士の間でも自由な討論があります。新聞は、「読者各人にたいしていわば他のすべての人の名において語りかけ、読者にたいして読者の個々人の弱さに比例して影響を及ぼす。」(OC,1b,120-21)人々は新聞を通じて、自分と同じ意見を持つ人々がいるのを発見し、自分自身の判断に自信をもつようになるでしょう。そして同志たちとともに結社を結び、さらに公衆に向かって働きかけていくことになるでしょう。
 こうして、「人が公共の場で共通の問題に対処しはじめると、彼は直ちに自分は初めに想像していた程には他の市民から独立している訳ではなく、他の人々の支持を得るには自分も他の人々に協力しなければならないことに気づく。」アメリカにはおよそ考え得るあらゆる目的について−商業的なものだけでなく真面目なものや不真面目なもの、道徳的なものや芸術的なものまで含めて−、多様で多数の自発的結社があることに、トックヴィルは気づいています。これらの結社は、人々の多様な要求を確認し、他の人々と協力して行動する道具になっています。またアメリカの政治制度は国民を代表する議会を作るだけで満足していません。「それは各地域に政治生活を与え、社会の他の成員とともに行動する機会、つまりは人々は互いに依存していることを感じさせる機会を無数に作り出している。」(OC,1b,110)
 こうして民主的社会が地方自治と自発的結社に参加していく気質を発展させていけば、個人は市民に、つまり公共の問題に参加していく人に変わっていきます。

第6章 平等と隷従−『旧体制と大革命』−
1 政治家トックヴィル
p190
 このような社会主義の登場を目のあたりにして、トックヴィルは社会主義を何よりも先ず国家権力の強化、一層の集中化への動きと見て反対しました。彼は、社会主義者にたいして、民主主義の名において次のように挑戦します。

 好きな名を名乗りたまえ。しかし民主主義者という名を名乗ってはならない。私はそれに反対する。君はそれに値しないからである。・・・民主主義の名で語るものはすべて、金持ちか貧しいか、有力であるかしがない身分であるかにかかわりなく、すべての市民に与えられている最大限の自由を語るものでなければならない。・・・そうとすれば、民主主義は〔国家権力にたいする〕平等の隷従にはなり得ない。それは平等の自由である。・・・社会主義者が今日、再び確立しようと望んでいるすべての絆は、かつてフランス大革命によって断ち切られた絆ではないだろうか。彼らは国家を主人の地位、自らすべてを監督する地位におこうとしている。(OC,3C,193-95)

September 17, 2006

安倍政権の徴農政策−自由民主主義から極右全体主義へ

 以下の産経新聞の記事は、いろいろなブログで話題になっているので、当ブログで今さら取り上げるまでもないと思ったのだが、マスコミではきれいごとばかりで、この記事のような安倍氏の本質をほとんど話題にしていないことが気がかりに思えたので、今回取り上げることにした。

安倍政権でこうなる 首相主導で「教育再生」(産経新聞)

 ≪“徴農”でニート解決…稲田朋美衆院議員≫  藤原正彦お茶の水大教授は「真のエリートが1万人いれば日本は救われる」と主張している。  真のエリートの条件は2つあって、ひとつは芸術や文学など幅広い教養を身に付けて大局観で物事を判断することができる。もうひとつは、いざというときに祖国のために命をささげる覚悟があることと言っている。  そういう真のエリートを育てる教育をしなければならない。  それから、若者に農業に就かせる「徴農」を実施すれば、ニート問題は解決する。そういった思い切った施策を盛り込むべきだ。

 安倍政権の教育再生政策とは、若者に奉仕活動を義務づけるだけでなく、徴兵ならぬ徴農を実施することになるようだ。
 中国の毛沢東が実施した文化大革命の下放や、カンボジアのポル・ポト率いるクメール・ルージュが実施した原始共産主義を連想させるプランが自民党からでてきたということは、自民党が自由主義を放棄し始めたことを意味するだろう。

加藤元幹事長実家放火 党内忘却モード(東京新聞)

 8月15日の加藤氏実家放火事件では、小泉首相が8月28日まで沈黙するなど、政府・自民党内に言論弾圧テロを黙認するような空気があった。これは、自民党が民主主義を放棄し始めたことを意味するのではないか。

 これまで、自民党は右から左まで様々な政治家が集まっていたが、自由民主主義というよりどころがあったといえる。しかし、小泉首相の登場により、議院内閣制を強力に運用することにより、自民党が上からのトップダウンの党になってしまった。その後継として極右的な安倍氏が首相になることにより、トップダウンで自由民主主義が放棄される可能性が高い。
 私は、日本の国民が徴農のような全体主義的な政策を支持するとは思えないのだが、自民党が衆院で300議席以上を占めている今、残念ながら、安倍氏がこのような政策を強行できる余地があると思う。

 余談だが、加藤氏は自民党員という立場を守るためなのか、かつてのYKKという盟友への義理なのか、放火事件での小泉首相の対応について、小泉首相をずいぶんかばっていた。私は、ミュンヘン会談でのネヴィル・チェンバレン首相をみる思いがして、加藤氏の優しさはそのうち命取りになるのではないかと思った。

 来年の参院選は、これまでの自由民主主義を継続するのか、それとも自由民主主義を放棄して極右全体主義へ転換するのか、を決める重大な選挙になるだろう。

参考URL
『安倍氏ブレーン』どんな人? 靖国、拉致、教育問題…(東京新聞)
「教育改革国民会議」(第一分科会第4回配布資料「一人一人が取り組む人間性教育の具体策(委員発言の概要)」
文化大革命(wikipedia)
クメール・ルージュ(wikipedia) 

参考BLOG
日本国憲法第13条、第14条、第18条、第19条あたりに抵触するような‐2006年自民党総裁選・その5(bewaad institute@kasumigaseki )

April 23, 2006

イタリアの政権交代

 4月9日と10日、イタリアで行われた上下両院選挙で、プローディ元首相率いる中道左派連合「連合」が、ベルルスコーニ首相の中道右派連合「自由の家」を小差で破った。
野党陣営の勝利確定=最高裁、最終集計結果を発表−イタリア(ヤフー・時事通信)

(1)ベルルスコーニのメディアコントロール
 この総選挙では、選挙直前に与党が有利になるように選挙制度を改正したり、選挙後に負けた与党が票の数え直しを要求するなど、ベルルスコーニ首相の横暴さが目立った。ベルルスコーニ首相がコンプライアンス(法令遵守)に欠ける点では、ブッシュ大統領(国際法無視のイラク戦争、フロリダでの開票疑惑等)や小泉首相(憲法違反の靖国参拝)によく似ている。
 ベルルスコーニ首相がメディアコントロールを駆使することでは、ブレア首相や小泉首相に似ているが、ベルルスコーニ首相のより徹底している点は、メディア王として、自らテレビ局を所有していることで、所有しているテレビ局メディアセット (Canale 5, Rete 4, Italia 1)では、与党の扱いが野党の扱いの10倍の時間にのぼっているという。
プローディ、メディアセットには出演せず(イタリアに好奇心)

 テレビを利用したメディアコントロールは、選挙に負けたとはいえ、今回もある程度有効だったようで、ベルルスコーニ首相は、中道左派連合は旧共産党に操られていて増税しようとしているとテレビで繰り返し訴えることで、選挙戦後半での追い上げに成功した。具体例として、4月3日のベルルスコーニとプローディのテレビ討論で以下のようなやりとりがあった。

2006年イタリア総選挙 4月3日 ベルルスコーニ VS プローディ テレビ討論(第2回目)(やそだ総研)

ベルルスコーニは、プローディはこう言っているが、左派は全然違う考えでいる、共産主義者たちは大規模な所得再配分を計画している、とカットコムニスモ(カトリックと共産主義の混合)が増税を準備しているというイメージを聴衆に植えつけようとしました。プローディは、ややイラつきながら、自分の考えは明確であるとして、単語ごとにゆっくり言葉を分けて先の定義を繰り返しました。「これでいいですか。」これはやや押しつけがましい感じでよい印象を残さなかったと思います。ベルルスコーニは左派はやはり信用できない。中道・左派には100人以上の最左派(旧共産党系)の議員が含まれていると、左派陰謀説をさらに展開しました。

(2)二大連合と二大政党
 イタリアでは1994年の総選挙から、日本では1996年の総選挙から、小選挙区比例代表並立制に移行した(イタリアは去年、比例代表制に変えたが、それまでの並立制の要素が残っている)。
 中道左派連合の「オリーブの木」で知られているように、イタリアでは多数の政党が2つの連合に分かれて選挙を戦うことによって、政権交代を繰り返すことに成功した。。それに対して日本は、多数の政党が二大政党に収斂することによって政権交代を試みたが、10年たった今でも成功せず、自民党の一党優位政党制が続いている。多数の政党があるイタリアが政権交代していて、二大政党に近い日本が政権交代できないのは皮肉な話だ。
 私は、日本は二大政党にこだわりすぎたために、政権交代に失敗したのだと思う。政権交代のために野党が一つの政党にまとまったため、それまでの政策を放棄してしまったことに加え、まとまれなかった社民・共産が独自に戦ったため、イタリアほど徹底した選挙協力体制がとれなかった。
 小沢民主党については、これまで以上に自民党との違いがわからなくなった。仮に政権交代したところで、小沢氏の考えが大きく変わらない限り、これまでの小泉政権の新自由主義路線が継承されるのではないか。
 日本もイタリアを参考にして、二大政党から二大連合に目標を変えて、他の先進国のように、保守・リベラルという政策の違いをはっきりと打ち出すべきだ。

April 16, 2006

フランスのCPEと日本の解雇ルール

 フランスで、26歳未満の若者を2年間の試用期間中は自由に解雇できるとしたCPE(初期雇用契約)が学生等のデモで廃案になった。デモには100万人以上が参加したということで、フランス国民の政治意識の高さを見せつけられた思いがしたが、東京新聞で学習院大の野中教授が「デモが政治の仕組みとして伝統的に使われ、認められてきたフランスと日本は違うから、日本人がまねをするのは無理」と答えているように、日本で同じようなデモを起こすのは無理としても、似たような法案が国会に上がったとき、マスコミが大きく取り上げて問題にすることさえしないのが日本の現状である。それは何かといえば、2003年に日本の国会で審議された解雇ルールのことで、2003年5月、労働基準法改正を審議する衆議院厚生労働委員会では議員の空席が目立ち、傍聴席のうち記者席もほぼ空っぽであったという。有事法制が同時進行で審議されていたとはいえ、明らかにメディアは労働問題に対して無関心だった。私も、当時この問題が国会で取り上げられていることを知らなかった。

 それまで、日本には労働基準法等での部分的規制を除くと、解雇規制がなかった。あったのは判例だけで、「解雇に客観的に合理的な理由がない場合、あるいは、合理的な理由があるとしても社会常識に照らして解雇には相当しない場合、解雇権の濫用として解雇は無効になる」という解雇権濫用法理や、「人員削減の必要性・解雇回避努力・解雇対象者の選定の合理性・労働者との話し合い」が必要という整理解雇の四要件などがあった。2002年末、労働政策審議会が発表した「建議」(2003年、国会に労働基準法改正法案として提出されることになった)は次のようなものであった。

使用者は、この法律又は他の法律の規定によりその使用する労働者の解雇に関する権利が制限されている場合を除き、労働者を解雇することができること。ただし、その解雇が、客観的かつ合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とするものとすること。

 問題は立証責任が使用者と被用者のどちらにあるかということだった。鴨田哲郎弁護士は次のように語る。
「この書き方になると、立証責任が労働者に押しつけられる恐れがあります。解雇には正当な事由が必要ということであれば、使用者の側が正当事由を証明しなければならない。これまでの労働裁判はそうでした。しかし、原則は解雇自由だということになれば、権利濫用を労働者の側が証明しなければならない。これでは裁判が難しくなります。たとえば会社の経営状態について、労働者が証明できますか。資料はすべて会社が握っているんですよ。立証責任について、審議会では公益委員が『これまでどおりだから心配いらない』と言っている。しかし、審議会でこんな発言があったから、国会でこんな答弁があったからなんてことに、裁判官は拘束されません。裁判官が拘束されるのは法律の条文だけです。」

 2003年5月、衆議院厚生労働委員会で労働基準法改正案の審議をしていたときに、改正案に反対していたのは民主、共産、社民、自由の野党4党だったが、異例なことに自民、公明の与党も反対にまわり、法案の解雇ルールは次のように修正されて、2003年6月27日に参院で法案が可決成立されることになった。
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用としたものとして、無効とする」(労働基準法第18条の2)

 与党までが反対にまわり、修正を余儀なくされた解雇ルールとは、いったい何だったのか。労働政策審議会は総合規制改革会議の圧力のもとに審議が進められていた。総合規制改革会議は小泉首相の諮問機関で、議長はオリックスグループの宮内義彦氏。財界の意向を小泉首相のトップダウンで法案に反映させた結果だということがわかる。

 しかし、小泉内閣が誕生した1週間後の2001年5月3日、厚生労働省事務次官等との協議で、小泉首相は「終身雇用を前提としている制度を見直してほしい」と提起、さらに「2,3年の期限付きの雇用ができたり、社員の解雇をしやすくしたりできれば、企業はもっと人を雇うことができる」との考えを既に示していた。さらに、その前の3月には、八代尚宏・日本経済研究センター理事長が、小泉氏と竹中平蔵氏の勉強会に呼ばれ、解雇規制の緩和やその法制化など雇用改革の必要性を説く機会があったという。単に、小泉首相が財界の意向を反映させたというだけではなく、政権発足前から八代氏や竹中氏などによる、新自由主義の経済理論を信奉していて、新自由主義に基づく政治を進めようとしていた形跡がみられる。

 当時から現在に至るまで、小泉首相からはスローガンの連呼だけで、国民に対して、進めようとしていた小泉構造改革=新自由主義に関する丁寧な説明はない。国民だけではなく、自民党の代議士に対してもたいして説明がなかったであろうことは、解雇ルールが修正されたことからもわかる。説明責任を欠くだけでなく、ワンフレーズポリティクスによるメディアコントロールで争点をそらすやり方は国民をだまし、ファシズムにつながるものだけに、小泉首相の政治の進め方は悪質である。

 CPEを撤回したフランスの話に戻ると、フランスは労働法典で、「解雇理由に『真実かつ重大な理由』がない場合は違法となる」と定め、その結果として解雇手続きを重視しているように、元々フランスは日本よりも労働者保護に関して手厚かった。大阪市立大学大学院の西谷敏教授は次のように語っている。

「少なくとも、ドイツを含むEUの労働者と比較すれば、日本の労働者の立場は絶対に弱い。これは断言できます。ただ、経済のグローバル化の影響は厳しく、ドイツにおいても規制緩和論者の間から『解雇規制を緩和せよ』という声は絶えずあがっています。だからドイツの制度が現在のまま不変だと考えることは間違いでしょう。現にコール政権が1996年に解雇規制を緩和し、そのあと登場したシュレーダー政権が1999年にまた強化するという動きが見られます。ただ動いているのは、解雇制限法の適用事業所の範囲や、整理解雇の人選の基準といったことで、根幹の部分は動いていない。労働者を一人の人間ととらえ、人間の尊厳を重んじ、『不当に解雇されない権利を守る』という精神が揺らぐことはないと思います。そういった基準は、経済が厳しい時代であればこそ、社会の構成を保つために重要になってくる。日本もいま、EUに学び、しっかりした一線をつくるべきでしょう。」

参考文献
『ルポ 解雇』島本慈子(岩波新書 2003年)

参考URL
デモ圧力 改革頓挫 仏が若者雇用策撤廃 学生・労組側は勝利宣言(ヤフー・西日本新聞)
仏デモが政府動かすワケ 街頭訴え共鳴社会(東京新聞)

December 25, 2005

ハンナ・アーレントによる労働観の再考(2)

 「ハンナ・アーレントによる労働観の再考(1)」の続きです。
 前回はマルクスの労働観までをみてきましたが、今回は本題の、アーレントの労働観が登場します。アーレントは、「労働」「仕事」「活動」の3つの活動力を独自に概念化します。

 以下、『ハンナ・アーレント入門』杉浦敏子(藤原書店)より引用。

二 アーレントの「労働」「仕事」「活動」
(1)アーレントの古代労働観の分析
p143-144
 「労働」とは、人間の「活動力」(activity)の中で最も価値の低いものであったと彼女は言う。その理由は次の通りである。
 まず第一に「労働」とは、生命の必然に拘束され、無限に同じ事を繰り返す行為だからである。

p145ー146
 第二に「労働」という行為が苦痛に満ちた骨折り仕事であり、人々の嫌悪の対象になっていたということである。「昨日の荒廃を毎日新しく修理するのに必要な忍耐というものは、勇気ではなく、またこの労働が苦痛に満ちているのは、それが危険であるからではなく、むしろ、それが、情け容赦なく、反復しなければならないものだからである」とアーレントは言っている。
 第三に「労働」の持つ「無世界性」である。「無世界性の経験−というよりはむしろ苦痛の中に現れる世界喪失−に厳密に対応している唯一の「活動力」が「労働」なのである。この場合、人間の肉体は、その活動力にもかかわらず、やはり人間自身に投げ返され、ただ自分が生きることにのみ専念し、自らの肉体が機能する循環運動を越えたり、そこから解放されたりすることなく、自然との新陳代謝に閉じ込められたままである。」つまり、労働する動物は自分の肉体の私事の中に閉じこめられ、だれとも共有できるものはなく、だれにも完全に伝達できない欲求を実現しようともがき、世界から逃亡しているのではなく、世界から追放されている、という意味で無世界的に生きていると言うことができよう。
 この点と関連して第四に、「労働」は、他者の存在を必要としない。「労働」において、人間は世界とも他人とも共生せず、ただ自分の肉体とともにあって、自分を生かし続けるための必要と向かい合っているだけである。「労働する動物」としての人間も他人との共同の中で生きてはいるが、この共同性は同一の個体の集合を意味しており、人間はこの場合、単なる生きた有機体に過ぎないと彼女は言う。そして分業は、二人の人間がその労働力を重ね合わせることができ、二人があたかも一人であるかのように振る舞うという「一者性」(oneness)を表しているが、この「一者性」は「協業」(cooperation)の逆である。この観点から見れば、個々の構成員はすべて同一で、交換可能になるのである。逆に他者の存在を絶対的に必要とするのが「活動」であり、ここにもアーレントの「複数性」擁護の考えが見てとれる。
 第五に、「労働」は、私的領域に閉じこめられている。「労働」は、生命の必要を満たす行為であるので、各個人に自分の肉体的必要に集中することを強制し、共通世界や複数の個人の関係性に目を向けさせようとはしない。したがって「労働する動物」としての人間が近代世界において公的領域を占拠しているかぎり、真の公的世界は成立し得ないと論ずるのである。

p147
 つまり、「労働」が「目的のない規則性」に従属しており、必然の過程であるのに対し、「仕事」は「独立した実体として世界にとどまりうるほどの」耐久性を備えたものをつくり出し、死すべき運命を持った人間に、その死を越えた、不死の世界をつくり出し、自らが生きた痕跡を世界に残すのである。
(H.アーレント『人間の条件』参照)

(2)アーレントの近代労働観批判
(3)アーレントの「活動」の概念
p149-150
 「活動」(action)は、自然や事物に孤立的に対峙してなされるものではなく、複数の人との関係性において成り立つ自発的行為の様式である。それは常に集合的行為であり、他者の存在を絶対の条件としており、必ず「言論」を伴う。そしてアーレントによれば「活動」と「言論」は外に向かって開かれている。

p150-152
 「活動」とは、第一に人間の「唯一性」(uniqueness)の発露である。だが同時に人間はその人にしかないこの唯一性をもとに、他の人々との「共通性」(commonness)を備えている。この背反した性格が、仲間の中で自分の個性をきわだたせようとする欲求である「卓越」を生み出す。
 第二に「活動」は、予期せぬことを行う人間の能力と結びついている。人々は「活動」において何か新しいことをなすことができ、逆に何か新しいことを始める能力は人々を「活動」へと駆り立てる。人間自身が「始まり」となる「活動」においては、全く予期しなかったことがなされる。この「始める」という能力は、個々の人間の何かをなそうとする意志、それを実行に移す勇気に基づいている。
 第三に「活動」は「言論」と不可分の関係にある。たとえ「活動」においてユニークさが問題になるとしても、それがあくまで共同行為であることに変わりはない。「活動」が絶対の前提とするのは他者の存在であり、「活動」において自分の意図を伝えたり、考えていることを相互に伝達しあう媒体となるのが「言論」である。「言論を伴わない活動は、その顕示的性格を失うだけではない。同じように、それはいわばその主語を失う」のである。
 第四に「言論」は、公的性格を持つ。この場合、「公的」とはあらゆる人に見られ聞かれうるという「活動」の公開性と、それが共通世界に関わっていることを意味している。この共通世界に対してはすべての人間が責任を負っているのだが、公的な企てに勇気が必要なのは、それには生命だけではなく、世界が賭けられているからである。したがって、私的な事柄だけに関心を持つ人は世界に対する責任を放棄しているとも言えるのである。つまりアーレントの言う「活動」は「公的領域における行動」と言い換えても良いだろう。単なる生物学的、肉体的プロセスや経済的な生産力の問題ではなく、公的で政治的な生活の重要性をアーレントは強調するのである。

p152-153
 アーレントは「私的」「公的」領域とは別に「社会的」領域の出現を次のように説明する。
「生活の私的領分と公的領分の区別は、家事の領域と政治の領域とに対応しており、この両者は、少なくとも古代の都市国家が勃興して以来、別個の独立した実体として存在してきた。だが、社会的領域という、私的でも公的でもない領域の出現は、厳密に言うと、比較的新しい現象であって、その起源は近代の出現と時を同じくし、その政治形態は国民国家のうちに見られる。」
 つまり、複数性を許容し、それを基盤とする「言論」と「活動」の空間であるはずの「公的」領域が、「労働」という生命の必然性に制約された画一的行動様式を機軸とする「社会的」領域によって浸食されていくのである。そしてこの「社会」の勃興によって、かつては家という私的領域に閉ざされていた経済的諸問題が全共同体の関心事になる。ここに「労働」が至上の価値を与えられる根拠がある。この中では、目的合理性、道具的合理性が優位性を持ち、「活動」を通じてつくり上げていく人々の共通世界が、没落を余儀なくされるのである。
 以上、労働至上主義が近代になってつくられてきたものであることを検証してきたが、現代においては、様々な人間的諸「活動」(特に公共的な言説的実践)さえもが「労働」化している。われわれのこれからの課題は、アーレントの言う「自由」の領域を拡大し、「必然性」の領域を縮小していくことである。生活のすべてを必然の「労働」が満たすとき、公的空間における言説による共同の事物に関する討議は成立しない。「労働」の拘束から解放されてはじめて、「言葉」と「行為」によって、自分および自分と人々の中に新しい始まりをつくり出すことが可能になるだろう。
(H.アーレント『人間の条件』参照)
(以上、引用終わり)

 「活動」の制度化として、アーレントは評議会制を主張しているが、具体性に欠けるとして批判がある。これについては、また別の機会に取り上げたい。

 アーレントに興味を持った方は、最初は原典に当たるよりも、入門書を読むことをおすすめしたい。原典は、ちくま学芸文庫から『人間の条件』『革命について』『暗い時代の人々』の3冊が出ているなど手に入りやすいが、内容は哲学的で難解である。今回、第5章の多くの部分を引用させて頂いた、杉浦敏子著『ハンナ・アーレント入門』(藤原書店)はとてもコンパクトにまとめられているし、表紙にアーレントの顔写真が載っている。ハイデガーを虜にさせたルックスはともかくとして、アーレントの生涯を知ることは、著作を理解するうえで必須といえるだろう。

 最後に面白い話を一つ。アーレントが「労働」と「仕事」を区別する観念を得たのは、「台所とタイプライター」だったという。つまり、オムレツをつくるのは「労働」であり、タイプライターで作品を書くのは「仕事」なのであった。
(H.アーレント『人間の条件』ちくま学芸文庫の訳者解説より)

December 24, 2005

ハンナ・アーレントによる労働観の再考(1)

 日本人の勤勉さが、日本を世界第二位の経済大国にさせたともいわれる。しかし、その実態は、過労死する人が後を絶たず、不景気になってからもそれは変わらない。
 労働至上主義は、科学的社会主義を生み出したカール・マルクスなどに源流を求めることができる。その「労働」が高く評価されていることを危険視した政治思想家がハンナ・アーレントである。
 アーレント(1906-1975)はドイツのユダヤ人女性で、ナチスに迫害されてアメリカに亡命した。ドイツの大学で、ハイデガー、ヤスパース等に師事し、哲学を学んだ。『全体主義の起源』など、全体主義の研究でも有名である。
 今回から2回に分けて、アーレントの入門書の引用を通して、アーレントの労働観をみていきたい。現代の日本政治を考えるうえで、不可欠な視点が提供されているように思う。

 以下、『ハンナ・アーレント入門』杉浦敏子(藤原書店)より引用。

 第5章 労働観の再考
一 労働観の変遷
(1)古代・中世の労働観
p129-131
 たしかに生産労働は、あらゆる高次の生の不可欠の条件ではあるが、それは人間から自由な時間とエネルギーを奪い、その結果人々の「徳」(arete)や政治的、文化的活動に携わる力を奪う。それゆえにポリスの市民は、この生産労働を奴隷に強制したのである。アリストテレスは『政治学』の中で次のように言う。
「仕事のうち、偶然の働く余地の最も少ないものが最も技術的なもので、身体の最も害われるものが最も職人的なもので、身体の最も多く使用されるものが最も奴隷的なもので、徳を必要とすることの最も少ないものが最も卑しいものである。」
「・・・無条件に正しい人間を所有している国においては、国民は俗業民的な生活も商業的な生活も送ってはならないことは明らかである(というのは、このような生活は卑しいもので、徳と相容れないからである)。また最善の国の国民になろうとするものは、実際農耕者であってもならない(なぜなら、徳が生じてくるためにも、政治的行為をするためにも閑暇を必要とするから)。」
 徳が生じるために必要なのは労働ではなく、閑暇である。アリストテレスは人間のみが理性を持つと考え、この閑暇において人間が理性を働かせる場合のみ、家や国家をつくりうるとする。古代ギリシア人にとっては閑暇のなかで達成する政治的行為が最も価値ある行為だったのである。なぜそうなのだろうか。
 われわれの行為、思考、言論はすべて何らかの善を目的にしている。ある行動の目的はさらに高次の行動のための手段であり、この目的−手段−目的の系列を最後まで推し進めていくと、他の目的ではなくそれ自体のために追求されるべき最高の善に達する。人間にとって最高善とは「幸福に生きる事」であり、それを目指す学ないしは術をアリストテレスは「政治」(politike)と名づけた。「政治」は、共同体全体の幸福の実現を目的にし、その目的の追求によって人間が自分とその属する共同体を道徳的に高める場としてあった。その中で人間は自分を磨くのである。人間の幸福は自分の能力または徳を全体の幸福のために発現させることにある。ポリスの目的は人間の倫理的卓越性の実現と、それによる人間としての完成にあり、市民の一人一人が人間として完成することが、個人にとっても全体にとっても最高善、つまり幸福につながるというのである。

p132ー133
 しかし近代の萌芽とも言うべき宗教改革の時代に、労働観の変化が生じた。ルターは労働を、神の摂理とし、労働を罪の償いとするいわば原罪論から考えるのではなく、「神の召命」(Beruf)であるとした。ウェーバーは、ルターにおいて生じた労働観の根本的変換について次のように言う。
「修道院にみるような生活は、神に義とされるためには、まったく無価値というだけでなく現世の義務から逃れようとする利己的な愛の欠如の産物だとルターは考えた。それどころか彼は世俗の職業労働こそ隣人愛の外的な現れだと考えた。」
 卑しいこととされてきた農民や職人の職業労働を神によって授けられた使命と考えることは、単なる贖罪ではなく、その行為そのもののうちに意義を見いだすことであり、この意味でカトリシズムから一歩踏み出した労働観ということができるだろう。このルターの説をさらに深化させたのがカルヴァンである。彼は恩恵による選びの教説(予定説)を唱える。ウェーバーはこれについて次のように言う。
「人間は生まれながらに罪の状態に堕落し、自らの力で悔い改めることはできない。神はその栄光を顕現するために、自らの決断によってある人々を永遠の生命に予定し、他の人々を永遠の死滅に予定した。この選びの決断は、神の自由な恩恵と愛によるものである。神は永遠の生命に予定された人々のみを有効に召命する。」
(M.ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』参照)

(2)近代の労働観
p135-136
 このようにして(『統治論』第2論文第5章)ロックは私的所有権を正当化し、各人は生まれながらに自分の身体とその諸能力に所有権を持っているので、労働の結果が本人に帰属するのは当然とした。そして彼はあらゆるものに価値の差異を生じさせるのは、ほかならぬ労働であるとして、その富の源泉である労働に価値をおいたのである。
 労働に価値が置かれる一方で、労働者に対しては勤勉イデオロギー(怠惰な労働者から勤勉な労働者へ)が注入されるという状況が生まれた。しかし、労働という行為様式は人々には容易に受け入れられず、工業労働者として労働することが当然のこととして身体に内面化するようになるには多くの歳月が必要だった。膨大な数の民衆にとって、プロテスタンティズム的な禁欲倫理などは無縁のものであったからである。「倫理の衣服をまとい、規範の拘束に服する特定の生活様式という意味での資本主義の精神が最初に遭遇しなければならなかった闘争の敵は、伝統主義とも名付くべき感覚と行動の様式にほかならなかった。」
(M.ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』参照)

p136-137
 人間の身体を組織的に操作可能なものへと変換する社会は、フーコーの言う「様々の実験を行い、行動を変えさせ、個々人を訓育したり再訓育したりする一種の機械仕掛け」としての社会であり、誰が指示するわけでない匿名の権力が自動的に機能するオートメーション工場のような社会なのである。フーコーは近代の市民的自由の根拠としての自律が、実は権力の側からの服従強制に呼応する心的規制であり、主体化が従属化につながるというパラドックスを労働の分析において明らかにしたのである。このようにして「勤勉な労働者」「労働こそ人間の本質」というイデオロギーは浸透していったのであるが、まさにこのようなイデオロギーは近代社会に固有のものなのである。
(M.フーコー『監獄の誕生−監視と処罰』参照)

(3)マルクスの労働観
p137
 労働の聖化、絶対化はマルクスによって頂点に達したと言えるだろう。マルクーゼはマルクスの『経済学・哲学草稿』の中から「労働は人間的自由の現実的表現である。労働することで人間は自由になり、労働の対象のなかで人間は自由に自己を現実化する」というテーゼを導き出す。これは外部にある世界に向かって自己を対象化していく活動として労働をとらえる考え方である。つまり、主体としての人間が自己の活動を通して客体である対象的世界に働きかけることによって、自己の営みをその中に刻印していくことを意味している。
(H.マルクーゼ『初期マルクス研究』参照)

p139
 マルクスのこの「労働」概念は、アーレントの言うところの「労働」ではなく、目的と手段によって決定された合目的的な制作行為であり、自然に働きかけて耐久的な生産物をつくり出すという意味で「仕事」である。アーレントによれば「労働」とは、前にも述べた通り、生命の必然に拘束された際限のない労苦である。この点でアーレントはマルクスが「労働」と「仕事」を混同していると批判する。
 ではこのマルクスの言うような労働観のどこに最も問題があるだろうか。それは、この労働観が労働を通して人間が自己実現を行うということを強調しすぎるために、労働の理想像を描き、一種のユートピア的労働論をつくりだしている点にある。なるほど自由で創造的な労働(動物的ではなく、また疎外から解放された労働)というものがありえるかもしれないが、現実の労働には「強いられたもの」という側面も必ず存在するからである。

p141-142
 また、労働至上主義を批判した異色の社会主義者としては、P・ラファルグがいる。社会主義の思想が「労働の権利」を軸に展開する中で、彼は「労働からの解放」を掲げる。
(中略)
 ここには勤勉イデオロギーに対する痛烈な批判が見てとれる。労働による自己実現の思想がかえって桎梏となって人間を苦しめているのであり、むしろ「怠惰」が人間を解放する可能性が述べられているのである。
 S・ヴァイユもまた過酷な工場労働の体験から、近代産業社会における現実の労働が、近代の労働の理念から、いかに隔たっているかを説き、自由のない隷属的な労働に呻吟する労働者の姿を描き出す。
(中略)
 この状況は現代のオフィスワークの現実にもあてはまる事柄であろう。しかし、彼女はだからといって労働一般からの解放を目指したわけではない。労働は人間にとって必然性の圧力で行われる不可避の営みであった。「人間が生きるかぎり・・・必然性の圧力はただの一瞬といえども、決して緩和されないだろう。・・・労働の観念そのものがほとんど消滅した生活が、情念と、またおそらくは愚行とに委ねられるだろうことを理解するためには、人間の弱さを考えさえすれば充分である。」
(P・ラファルグ『怠ける権利』参照)
(S・ヴァイユ『工場日記』『抑圧と自由』参照)
(続く)

November 13, 2005

今後の民主党のあり方について

 9月11日に行われた総選挙で民主党が大敗した。小選挙区制のマジックがあったとはいえ、小泉自民党に風が吹いたことは確かである。いろいろなところで民主党敗北の分析がされているが、いつものことながら山口教授の分析がとても鮮やかだったので、ここで紹介したい。

05年11月:日本における左派政治の今後と民主党の役割(yamaguchijiro.com)

 巨視的に見れば、一握りの勝ち組以外は、皆同じようなリスクにさらされている。しかし、その中に微妙な差異が存在することも否定できない。従来の自民党政治による利益配分システムの中では、農村、建設業者、過疎地の自治体などが特に優先的にリスクから守られてきた。補助金、公共事業、地方交付税などがリスクに対するシェルターとなった。そうしたシェルターを作るための費用をもっぱら負担してきた都市住民から見れば、彼らのリスクだけが不当に高い政治的関心を集めてきたという不公平、不平等が存在する。また、公務員は身分保障があり、今時例外的に雇用のリスクがゼロの人種である。これもバブル崩壊後リストラの十年をくぐってきた民間サラリーマンや非正規雇用に甘んじている人から見れば、大きな不平等に映る。住宅面での衒示的消費の象徴である六本木ヒルズを見てもうらやましいとは感じないが、近所の公務員宿舎には腹が立つというわけである。プチ不平等に対する反感が、グローバル経済にともなう大きな不平等を覆い隠しているという現状である。

 私のような左派の学者は、公共セクターが平等をつくるという議論を立ててきた。市民が税金や保険料を出し合って構築される公共セクターが、市民それぞれの収入や地域などの差に関係なく、普遍的で公平な福祉サービスを提供し、平等をつくるというのが政治学や財政学の常識であった。このモデルは公共セクターに対する市民の信頼がないと成り立たない。現在はその信頼がなく、公共セクターこそが不平等の源泉であるという感覚が蔓延しているのである。「官から民へ」のスローガンのもと、小さな政府を作り出すこと、あるいは皆が同じように大きなリスクにさらされる状態を作り出すことが、むしろ「非勝ち組」の中での平等を作り出すという期待がある。


 六本木ヒルズと公務員宿舎の例には、はっとさせられる。「プチ不平等に対する反感が、グローバル経済にともなう大きな不平等を覆い隠している」というのは政治に関する無知やマスメディアによる誘導が挙げられるだろうし、「公共セクターこそが不平等の源泉であるという感覚」は無駄な公共事業や生活保護の不正受給等が挙げられるのだろう。そんな行政なら無くしてしまえということだろうが、官に怒る人々は、本当に必要な行政サービスまでカットさせられることには思いが至っていないようだ。

 今回は、今後の民主党のあり方について考えてみたい。
 先日、自民党に後れを取りながらも、民主党もブロガーを集めて懇談会を開いた。その懇談会に参加した絵文録ことのはさんが次のような疑問を提示している。
 
民主党は、ある程度の大きさの政府を目指す−−前原誠司代表と「民主党 ブロガーと前原代表との懇談会」レポート(絵文録ことのは)

 自民党は、完全な競争原理に基づく社会を作ろうとしている(と少なくとも民主党では認識している)。それに対して、民主党は、自由競争だけではなく、ある程度の平等社会を維持する必要があると考えている。
(中略)
 これで民主党の立場がわかったような気がするが、そこで新たな問題が出てくる。それは「自己責任の原則に基づく自由で公正な社会の実現」という旧自由党の理念(小沢一郎ウェブサイトより)とは合わないのではないか、ということだ。自由党は、むしろ自由競争社会を徹底的に推進しようという立場ではないのだろうか。そして、そういう人たちが民主党内にいるということは、意見のずれを生じないのだろうか。このあたりは次回(があれば)聞いてみたいことである。

 私も以前から同じ疑問を持っていたし、旧民主党と旧自由党の合併はマイナス面が大きいと思っていた。理念が違う政党が合併すると、合併後の政党の理念が曖昧になるということは誰でもわかりそうなものだが、両方の理念が必要なので、合併は望ましいという以下のような意見もあるようだ。

佐和隆光『日本の「構造改革」』(岩波新書2003年)

 さて、自由党党首であった小沢一郎氏は、新保守主義改革、すなわち市場主義改革の熱烈な唱道者である。もともと自由党は、新保守主義を標榜する政党であった。すなわち、私のいう「構造改革」の必要条件である市場主義改革を推進する力をもつ政党が、自由党にほかならなかった。
 他方、旧民主党には、社民党出身の議員をはじめ、「第三の道」に共感を覚える政治家が少なくなかった。一見、「野合」のようにみえるかもしれないけれども、民主党と自由党の合併は、新保守とリベラル左派の両極を包含する政党の誕生を意味する。両党の合併は、いまの日本にとって「必要十分な改革」である、市場主義改革と「第三の道」改革を同時並行的におしすすめる役割を担いうる政党の誕生なのである。(p187〜188)

 私は、政党とは同じ理念の者が集まるべきで、理念が違う者同士が政権を担当する場合、連立政権をつくることが望ましいと考えている。現在の小選挙区制ではそれが難しいから合併はやむを得なかったということだろうが、それならば選挙協力で選挙を乗り切る方法もあったはずで、安易な合併はするべきではなかったと思っている。佐和氏のいうように、市場主義改革と「第三の道」改革を同時並行的に進める必要があるとしても、民主党と自由党が連立政権を組めばいい話である。

 民主党と自由党が合併したことが今の民主党をわかりにくくさせたといえる。市場主義改革と「第三の道」改革を同時並行的に進める必要があるとしても、国民にとっては方向がわかりにくい改革である。岡田代表が愚直なまでに真面目に説明した民主党の改革は、小泉首相のワンフレーズ・ポリティクスに比べると分かりにくかったということもあるが、そもそも様々なベクトルを有する改革の寄せ集めだったために、その改革の方向が分かりにくかったこともあった。

 小泉自民党に対抗するには、わかりやすく社民主義を提示するべきだ。中身に市場主義改革と「第三の道」改革を入れる必要があるかもしれないが、選挙で国民に提示するべきものは、まずグランドデザインであり、細かいマニフェストの中身ではない。それが、先日の総選挙で大敗した民主党の教訓ではないか。

 鈴木宗男氏が北海道で結党した新党大地は、北海道の比例代表得票率で民主党、自民党に次いで第3位になるなど、多くの支持を得た。鈴木氏は道外では金権政治家というイメージがあるが、はっきりと社民主義を掲げて、小泉自民党の新自由主義を批判していた。社民主義とは社民党の専売特許でもなければ、教条的な憲法9条擁護主義でもないのである。

 しかし、民主党は小沢氏率いる旧自由党グループが控えているし、前原代表も本音では新自由主義だろう。旧社会党グループは横路氏が排除される形で衆院副議長に就任するなど、影響力は低下する一方なので、前原代表が党内運営を多数決で決めることを打ち出している以上、社民主義をわかりやすく打ち出すよりも、自民党よりも純化させた形で新自由主義をわかりやすく打ちだそうということになってしまいそうだ。

 最後に、新自由主義としての小泉構造改革にどう対抗すればいいのかという点で、金子勝氏が経済学者らしからぬことを次のように語っているのが興味深かったので紹介したい。

『世界』11月号 金子勝氏と杉田敦氏の対談「幻想の「改革」への対抗軸を」より
(以下引用)
杉田 
 これほど急速に新自由主義的な思考がすりこまれてしまった現在、「それでも官が担うべき領域があるのだ」ということを、私たちはどう説得的に主張していけばいいのでしょうか。
金子
 それについては、そんなに原理的に考える必要はないと思います。たとえば米国は郵貯を民営化しましたが、郵便は国営ですよ。
(中略)
 こういう「世界の常識」はほとんど報じられることもなく、ただ「民営化すればいい」といった主張だけがくり返されている。これはもはや「民営化信仰」と呼ぶ以外にありません。
杉田
 道路のときもそうでしたね。
金子
 そうそう。高速道路が有料なんて国はほとんどない。
 だから、「官でやるべき領域がある」と言うには、あたりまえのことを言えばいい。「救急車を民営化して有料に」などという議論は、普通に考えればありえませんよ。「それはおかしい」「人間的でない」と言ってやるしかないでしょう。

October 09, 2005

シュンペーターとサッチャリズム

 前回、「カルト宗教のような新自由主義」で反ケインズ経済学を取り上げたが、その補足として、今回、森嶋通夫著『思想としての近代経済学』(岩波新書1994年)から、シュンペーターとサッチャリズムの関係について取り上げたい。

 シュンペーターはオーストリアの経済学者で、1942年、『資本主義・社会主義・民主主義』を著した。その中で、資本主義の発展が引き起こした上部構造の変質(エリートの転進)が、経済を蝕むことによって、資本主義から社会主義へ体制変換すると主張した。

 森嶋氏によると、シュンペーターは社会主義化による官僚機構の肥大化や、競争不足による能率低下は一切分析していない(p157)。実際、イギリスは労働党政権が社会主義的な政策を進め、福祉国家となった結果、経済的業績が悪化し、自由放任を主張する「マネタリスト」の経済学者が現れ、1980年代に新自由主義のサッチャー政権が誕生した。

 それまでのイギリスは、新しい福祉国家を求めて、保守党と労働党によって、社会化政策の「やり過ぎ、やり不足」の微調整をしていた。それに対してサッチャーは、微調整が資本主義の安楽死と社会主義の無痛分娩をもたらす以外の何者でもないと考え、福祉国家を拒否し、シュンペーター理論に対して反転攻勢に出たのである。

経済学には迷信の類が、幾つかある。セイ法則も迷信であれば、「見えざる手の導き」も迷信である。そして両者には関係がある。セイ法則が成立している時代には、見えざる手を信じてもよいが、反セイ法則の時代は、耐久財に関する市場のディレンマのゆえに、見えざる手は働きえなくなっている。反セイ法則の下では、完全雇用均衡は、投資不足のゆえに実現せず、莫大な失業が生じる。そしてこれが、「ヒトラー時代」を生んだり、社会主義化を引き起こしたのである。このことを忘れて、いまなお反セイ法則が支配し続けている時代に、「私有化政策」を敢行して資本主義への反転を試みても、大量失業が生じ不成功に終わるだけである。サッチャーの誤りは、新自由主義が反セイ法則の経済に不適合であることを自覚しなかったことにある。にもかかわらず彼女の反転のような試みがありうることを全く無視したのは、明らかにシュンペーターの手落ちであったといわねばならない。(p159)

 私は、保守政権と社民政権による社会化政策の補修正は必要であるし、望ましいものと思っている。しかし、レーガン、サッチャーや、現在の小泉政権による新自由主義は、補修正を遙かに越えて、これまでの福祉国家を否定する政策である。それは、大量失業を生じさせ、「ヒトラー時代」を生む可能性がある。

 イギリス・ブレア政権の「第三の道」にも違和感がある。「第三の道」は、新自由主義を通過した後の新しい福祉国家の模索であるが、新しい福祉国家の模索に新自由主義を通過する必要はなく、社会化政策の補修正で対応すべきだろう。

 経済的業績のために、大量失業を伴う新自由主義のショック療法をするのは本末転倒だ。国や大企業の経済的業績よりも、国民の生活を第一に考えた経済政策をとるべきだ。