July 2016
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ

« November 2008 | Main | May 2011 »

July 11, 2009

憲政を破壊した麻生首相

 7月12日の都議選を控え、自民党内は混乱状態になっているようだが、7月5日の静岡県知事選で民主党が分裂選挙だったにもかかわらず、民主党候補が当選していることから、都議選の結果及びその後の国政の政局については、政治に関心がある人ならある程度予想がつくというものである。

 今回取り上げたいのは、都議選後の政局ではなく、国政におけるこれまでの時間の浪費についてである。麻生首相は、政権を投げ出した福田首相の後を受けて発足した。実質的には自民党の選挙の顔として、形式的には選挙管理内閣として発足したはずである。それが本格政権を目指したためにおかしなことになり、時間の浪費となった。

 選挙を経ずに首相になったこと、直近の国政選挙である参院選で民主党が勝利していることから、麻生政権には政治的正統性がない。戦前、政党政治の慣例になっていた憲政の常道というものに反するのである。にもかかわらず、衆院の3分の2で再議決できるという憲法の規定を乱用するというのは憲政の破壊にほかならない。

 さらに、選挙管理内閣が半年以上続いたことで、本格政権ができていれば実行できたことができず、国政が停滞した。世界同時不況が起こったこと、米国で政権交代したことを考えると、この半年の政治の停滞は致命的だったかもしれない。イタリアで行われたラクイアサミットでほかの首脳からまともに相手にされなかったというのは、政治の停滞における氷山の一角に過ぎない。

 大正デモクラシーのとき、「閥族打破、憲政擁護」というスローガンがあった。大正元年12月5日、山県有朋ら閥族とむすびついた陸軍が西園寺内閣を総辞職させたとき、政党人である尾崎行雄や犬養毅がこのスローガンを叫んだ。次の国会では、数万人の国民が国会議事堂を取り囲み、発足したばかりの桂内閣は大正2年2月11日、総辞職に追い込まれた。

 もし、尾崎行雄が生きていたら、麻生首相に向かって憲政擁護を叫んでいたのではないか。自民党は過去の日本の歴史を美化するのが好きなようだが、戦前の政党政治からも学ぶべきだ。それ以前に、漢字の読めない首相では、戦前の歴史は知るよしもないということなのか。

July 10, 2009

日勤教育の責任者こそ起訴せよ

 2009年7月8日、JR西日本の社長(現場が急カーブに付け替えられた1996年当時の常務取締役鉄道本部長)が業務上過失致死傷罪で在宅起訴された。起訴された理由は、2005年4月25日の福知山線脱線事故(乗客106人死亡、562人重軽傷)当時、カーブの危険性を認識できたのに、経費の増大を懸念し、ATSを設置しなかったというもの。

 事故から何年たっても捜査が進展しないので、私はてっきり、当局が捜査を断念したのかと思っていた。当時から起訴は難しいといわれていたので、社長一人だけでも起訴したのは一定の成果といえなくもない。

 しかし、気になる点がある。事故の理由は日勤教育にあったことは周知の事実であり、運転士が日勤教育を恐れるあまりパニックになって、事故を起こしたということが通説になっている。その日勤教育を不問にして、ATSのみについて起訴してよいのだろうか。

 兵庫県警が既に書類送検している元運輸部長二人については、懲罰的な日勤教育で運転士に心的圧力をかけたとされるが、日勤教育を事故原因とする証拠がないことを不起訴の理由としている。

 ATSなど今後の事故防止策については、法改正や国土交通省による行政指導で対応できるはずで、裁判では第一義的に事故の原因を問うべきではないか。

 証拠がない負け戦になったとしても、鉄道史上類をみない大事故の原因になった日勤教育について裁判で争うこと、そのことこそに意義があり、それをしなければ犠牲になった遺族も運転士も浮かばれないように思う。あらゆる職種で労働環境が悪化しているこの時代に、裁判の勝ち負けを越えて、検察が裁判で訴えることは意味が大きかったのではないか。

JR福知山線脱線:JR西社長起訴 「会社の責任は」 長女亡くした奥村さん /兵庫(毎日新聞)

JR西日本の脱線事故はこのまま風化してしまうのか(Cityscape Blog)

« November 2008 | Main | May 2011 »