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October 22, 2006

日本人の戦争体験と奴隷根性−『民主と愛国』

 小熊英二著『<民主>と<愛国>−戦後日本のナショナリズムと公共性』は、分厚い本だったが、意外と読みやすい本だった。
 本の内容は一言ではとても言い表せないのだが、ポイントとしては次の二点ではないかと思った。戦前、戦中、戦後と日本人の奴隷根性は変わらなかったこと。同じ時代であっても、戦争体験の違いによって、その人のものの見方が他の人と大きく変わること。

 個人的な感想としては、戦争という内容なので仕方がない面もあるのだが、何か暗い情念に満ちていて、読んだ後、自分の目が血走っているのがわかった。さらに、戦争と政治に興味はあっても、戦後民主主義と戦後知識人にはそれほど興味がわかなかったので、どちらかというと、まだ全部読んでいないジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』の方が私の好みだった。そんな私の好みはともかくとして、『<民主>と<愛国>』が『敗北を抱きしめて』に並ぶ傑作であることは間違いないだろう。

 余談になるが、吉本隆明と江藤淳が対照的な性格であることが印象的だった。たくましい(溺れても死なない!)吉本隆明に比べて、妻を追って自殺してしまう江藤淳。大江健三郎の『万延元年のフットボール』について、大江に「いつまでもそんなことをしていると大人になれないぞ」というような批判をした江藤に対して、大江は「江藤さんは自分の内面を誠実に見ている人だと思うけれども、他人の内部についてはあまり誠実に見ないと思いますね」と江藤に指摘したという。私も、江藤淳は問題があったとしても、基本的には誠実でいい人だったのだろうと思った。

 ここからようやく今回の本論に入るのだが、分厚い本の中から、私が興味深いと思った、戦時中と60年安保の話を抜粋したい。
 安倍首相が祖父である岸元首相を良く思いたい気持ちはわかるが、60年安保の採決でヤクザを使って、与党にも知らせないで独断で強行採決してしまった岸の政治手法を知っていれば、岸に対して弁護の余地もないはずである。よく誤解されているのだが、60年安保では、安保改定の是非以前に、民主主義を否定するような岸の政治姿勢が問題とされたのである。

第1章 モラルの焦土
p.33-34
 元連合艦隊参謀長の日記によると、「大和」出撃のきっかけは、海軍の軍令部総長が、沖縄への特攻作戦計画を天皇に上奏したことだった。そのさい、「航空部隊丈の総攻撃なるや」と天皇の質問があり、総長がその場で「全兵力を使用致すと奉答」したのである。
 こうして、何らの準備もないまま急遽出動を命じられた艦隊は、一方的な空襲をうけて壊滅し、四千名ちかくが死んだ。しかし、そうした命令を下した命令官や参謀が、作戦失敗の責任を問われることはなかった。
(中略)
 特攻隊員の遺書をはじめ、兵士の手紙は軍に検閲されており、定型的な美辞麗句以外の内容は書けなかった。いわゆるエース・パイロットとして知られる坂井三郎は、戦後のインタビューでこう述べている。「当時の新聞でも、海軍部内広報でも、敷島隊(最初に認定された特攻隊)が壮烈なる体当たり攻撃をやった。これによって、海軍航空隊の士気が高揚したと書いてある。大嘘。士気は低下しました。」「全員死んでこいと言われて、士気が上がりますか。……間違いなく下がったけれども、大本営と上の連中は上がったと称する。大嘘つきです。」

p.63
 丸山眞男は1951年の論文で、戦前の教育は個々人の責任意識に根ざした愛国心を育てたのではなく、「忠実だが卑屈な従僕」を大量生産したにすぎなかったと論じている。評論家の小田切秀雄は1946年に、「鬼畜米英」から「民主主義」礼賛に衣替えした者たちを評して、「このような手合には本来『転向』などというものはあり得ない」「迎合するに当ってご主人が変ったというに過ぎぬ」と形容した。

第12章 60年安保闘争
p.507
 1956年の教育委員会法案も、警官隊を導入して強行採決が行われたが、新安保条約の採決はそれ以上に暴力的なものであった。この5月19日に、岸を中心とした自民党主流派は、議員秘書のうち女性や老人を青年名義にとりかえ、総勢六百名ちかい「秘書団」を編成した。社会党側はこの日の午後、本会議場の外交官専用傍聴席に、自民党が雇った「ヤクザ風の男」たちが集結していることに気づいた。

p.509
 この強引な採決方法は、じつは自民党内でも、十分に知らされていなかった。清瀬議長も多くの議員も、会期延長だけの議決だと思っていたところ、岸の側近に促された議長が新安保条約採決を宣言し、一気に議決してしまったというのが実情だった。
(中略)
その重要条約が、このような方法で議決されることに抗議し、自民党議員27名が欠席した。
 その一人であった平野三郎は、こうした方法で「安保強行を決意するような人に、どうして民族の安全を託し得ようか」と岸を批判した。三木武夫や河野一郎も退席し、病気療養中だった前首相の石橋湛山は「自宅でラジオを聞いて、おこって寝てしまった。」議場突破の状況に反発して帰宅した松村謙三は、車中のラジオで安保可決のニュースを聞き、「『ああ、日本はどうなるのだろう』と暗然とした」という。

p.510
 元A級戦犯である岸が、アメリカの好意を買うために強行採決を行ったとみなされたことは、強い反発を買った。『東京新聞』のコラムは、岸を「天皇の名によって戦争という大バクチをやり、甘いしるを思いきりすった、このキツネ」と形容し、「アイクの訪日も、トラの威をかりようとするキツネの悪ヂエ計画だ」と評した。

p.511
 さらに鶴見俊輔は、こう述べている。

 ……戦時の革新官僚であり開戦当時の大臣でもあった岸信介が総理大臣になったことは、すべてがうやむやにおわってしまうという特殊構造を日本の精神史がもっているかのように考えさせた。はじめは民主主義者になりすましたかのようにそつなくふるまった岸首相とその流派は、やがて自民党絶対多数の上にたって、戦前と似た官僚主義的方法にかえって既成事実のつみかさねをはじめた。それは、張作霖爆殺−満洲事変以来、日本の軍部官僚がくりかえし国民にたいして用いて成功して来た方法である。……5月19日のこの処置にたいするふんがいは、われわれを、遠く敗戦の時点に、またさらに遠く満洲事変の時点に一挙にさかのぼらした。私は、今までふたしかでとらえにくかった日本歴史の形が、一つの点に凝集してゆくのを感じた。

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