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December 25, 2005

ハンナ・アーレントによる労働観の再考(2)

 「ハンナ・アーレントによる労働観の再考(1)」の続きです。
 前回はマルクスの労働観までをみてきましたが、今回は本題の、アーレントの労働観が登場します。アーレントは、「労働」「仕事」「活動」の3つの活動力を独自に概念化します。

 以下、『ハンナ・アーレント入門』杉浦敏子(藤原書店)より引用。

二 アーレントの「労働」「仕事」「活動」
(1)アーレントの古代労働観の分析
p143-144
 「労働」とは、人間の「活動力」(activity)の中で最も価値の低いものであったと彼女は言う。その理由は次の通りである。
 まず第一に「労働」とは、生命の必然に拘束され、無限に同じ事を繰り返す行為だからである。

p145ー146
 第二に「労働」という行為が苦痛に満ちた骨折り仕事であり、人々の嫌悪の対象になっていたということである。「昨日の荒廃を毎日新しく修理するのに必要な忍耐というものは、勇気ではなく、またこの労働が苦痛に満ちているのは、それが危険であるからではなく、むしろ、それが、情け容赦なく、反復しなければならないものだからである」とアーレントは言っている。
 第三に「労働」の持つ「無世界性」である。「無世界性の経験−というよりはむしろ苦痛の中に現れる世界喪失−に厳密に対応している唯一の「活動力」が「労働」なのである。この場合、人間の肉体は、その活動力にもかかわらず、やはり人間自身に投げ返され、ただ自分が生きることにのみ専念し、自らの肉体が機能する循環運動を越えたり、そこから解放されたりすることなく、自然との新陳代謝に閉じ込められたままである。」つまり、労働する動物は自分の肉体の私事の中に閉じこめられ、だれとも共有できるものはなく、だれにも完全に伝達できない欲求を実現しようともがき、世界から逃亡しているのではなく、世界から追放されている、という意味で無世界的に生きていると言うことができよう。
 この点と関連して第四に、「労働」は、他者の存在を必要としない。「労働」において、人間は世界とも他人とも共生せず、ただ自分の肉体とともにあって、自分を生かし続けるための必要と向かい合っているだけである。「労働する動物」としての人間も他人との共同の中で生きてはいるが、この共同性は同一の個体の集合を意味しており、人間はこの場合、単なる生きた有機体に過ぎないと彼女は言う。そして分業は、二人の人間がその労働力を重ね合わせることができ、二人があたかも一人であるかのように振る舞うという「一者性」(oneness)を表しているが、この「一者性」は「協業」(cooperation)の逆である。この観点から見れば、個々の構成員はすべて同一で、交換可能になるのである。逆に他者の存在を絶対的に必要とするのが「活動」であり、ここにもアーレントの「複数性」擁護の考えが見てとれる。
 第五に、「労働」は、私的領域に閉じこめられている。「労働」は、生命の必要を満たす行為であるので、各個人に自分の肉体的必要に集中することを強制し、共通世界や複数の個人の関係性に目を向けさせようとはしない。したがって「労働する動物」としての人間が近代世界において公的領域を占拠しているかぎり、真の公的世界は成立し得ないと論ずるのである。

p147
 つまり、「労働」が「目的のない規則性」に従属しており、必然の過程であるのに対し、「仕事」は「独立した実体として世界にとどまりうるほどの」耐久性を備えたものをつくり出し、死すべき運命を持った人間に、その死を越えた、不死の世界をつくり出し、自らが生きた痕跡を世界に残すのである。
(H.アーレント『人間の条件』参照)

(2)アーレントの近代労働観批判
(3)アーレントの「活動」の概念
p149-150
 「活動」(action)は、自然や事物に孤立的に対峙してなされるものではなく、複数の人との関係性において成り立つ自発的行為の様式である。それは常に集合的行為であり、他者の存在を絶対の条件としており、必ず「言論」を伴う。そしてアーレントによれば「活動」と「言論」は外に向かって開かれている。

p150-152
 「活動」とは、第一に人間の「唯一性」(uniqueness)の発露である。だが同時に人間はその人にしかないこの唯一性をもとに、他の人々との「共通性」(commonness)を備えている。この背反した性格が、仲間の中で自分の個性をきわだたせようとする欲求である「卓越」を生み出す。
 第二に「活動」は、予期せぬことを行う人間の能力と結びついている。人々は「活動」において何か新しいことをなすことができ、逆に何か新しいことを始める能力は人々を「活動」へと駆り立てる。人間自身が「始まり」となる「活動」においては、全く予期しなかったことがなされる。この「始める」という能力は、個々の人間の何かをなそうとする意志、それを実行に移す勇気に基づいている。
 第三に「活動」は「言論」と不可分の関係にある。たとえ「活動」においてユニークさが問題になるとしても、それがあくまで共同行為であることに変わりはない。「活動」が絶対の前提とするのは他者の存在であり、「活動」において自分の意図を伝えたり、考えていることを相互に伝達しあう媒体となるのが「言論」である。「言論を伴わない活動は、その顕示的性格を失うだけではない。同じように、それはいわばその主語を失う」のである。
 第四に「言論」は、公的性格を持つ。この場合、「公的」とはあらゆる人に見られ聞かれうるという「活動」の公開性と、それが共通世界に関わっていることを意味している。この共通世界に対してはすべての人間が責任を負っているのだが、公的な企てに勇気が必要なのは、それには生命だけではなく、世界が賭けられているからである。したがって、私的な事柄だけに関心を持つ人は世界に対する責任を放棄しているとも言えるのである。つまりアーレントの言う「活動」は「公的領域における行動」と言い換えても良いだろう。単なる生物学的、肉体的プロセスや経済的な生産力の問題ではなく、公的で政治的な生活の重要性をアーレントは強調するのである。

p152-153
 アーレントは「私的」「公的」領域とは別に「社会的」領域の出現を次のように説明する。
「生活の私的領分と公的領分の区別は、家事の領域と政治の領域とに対応しており、この両者は、少なくとも古代の都市国家が勃興して以来、別個の独立した実体として存在してきた。だが、社会的領域という、私的でも公的でもない領域の出現は、厳密に言うと、比較的新しい現象であって、その起源は近代の出現と時を同じくし、その政治形態は国民国家のうちに見られる。」
 つまり、複数性を許容し、それを基盤とする「言論」と「活動」の空間であるはずの「公的」領域が、「労働」という生命の必然性に制約された画一的行動様式を機軸とする「社会的」領域によって浸食されていくのである。そしてこの「社会」の勃興によって、かつては家という私的領域に閉ざされていた経済的諸問題が全共同体の関心事になる。ここに「労働」が至上の価値を与えられる根拠がある。この中では、目的合理性、道具的合理性が優位性を持ち、「活動」を通じてつくり上げていく人々の共通世界が、没落を余儀なくされるのである。
 以上、労働至上主義が近代になってつくられてきたものであることを検証してきたが、現代においては、様々な人間的諸「活動」(特に公共的な言説的実践)さえもが「労働」化している。われわれのこれからの課題は、アーレントの言う「自由」の領域を拡大し、「必然性」の領域を縮小していくことである。生活のすべてを必然の「労働」が満たすとき、公的空間における言説による共同の事物に関する討議は成立しない。「労働」の拘束から解放されてはじめて、「言葉」と「行為」によって、自分および自分と人々の中に新しい始まりをつくり出すことが可能になるだろう。
(H.アーレント『人間の条件』参照)
(以上、引用終わり)

 「活動」の制度化として、アーレントは評議会制を主張しているが、具体性に欠けるとして批判がある。これについては、また別の機会に取り上げたい。

 アーレントに興味を持った方は、最初は原典に当たるよりも、入門書を読むことをおすすめしたい。原典は、ちくま学芸文庫から『人間の条件』『革命について』『暗い時代の人々』の3冊が出ているなど手に入りやすいが、内容は哲学的で難解である。今回、第5章の多くの部分を引用させて頂いた、杉浦敏子著『ハンナ・アーレント入門』(藤原書店)はとてもコンパクトにまとめられているし、表紙にアーレントの顔写真が載っている。ハイデガーを虜にさせたルックスはともかくとして、アーレントの生涯を知ることは、著作を理解するうえで必須といえるだろう。

 最後に面白い話を一つ。アーレントが「労働」と「仕事」を区別する観念を得たのは、「台所とタイプライター」だったという。つまり、オムレツをつくるのは「労働」であり、タイプライターで作品を書くのは「仕事」なのであった。
(H.アーレント『人間の条件』ちくま学芸文庫の訳者解説より)

December 24, 2005

ハンナ・アーレントによる労働観の再考(1)

 日本人の勤勉さが、日本を世界第二位の経済大国にさせたともいわれる。しかし、その実態は、過労死する人が後を絶たず、不景気になってからもそれは変わらない。
 労働至上主義は、科学的社会主義を生み出したカール・マルクスなどに源流を求めることができる。その「労働」が高く評価されていることを危険視した政治思想家がハンナ・アーレントである。
 アーレント(1906-1975)はドイツのユダヤ人女性で、ナチスに迫害されてアメリカに亡命した。ドイツの大学で、ハイデガー、ヤスパース等に師事し、哲学を学んだ。『全体主義の起源』など、全体主義の研究でも有名である。
 今回から2回に分けて、アーレントの入門書の引用を通して、アーレントの労働観をみていきたい。現代の日本政治を考えるうえで、不可欠な視点が提供されているように思う。

 以下、『ハンナ・アーレント入門』杉浦敏子(藤原書店)より引用。

 第5章 労働観の再考
一 労働観の変遷
(1)古代・中世の労働観
p129-131
 たしかに生産労働は、あらゆる高次の生の不可欠の条件ではあるが、それは人間から自由な時間とエネルギーを奪い、その結果人々の「徳」(arete)や政治的、文化的活動に携わる力を奪う。それゆえにポリスの市民は、この生産労働を奴隷に強制したのである。アリストテレスは『政治学』の中で次のように言う。
「仕事のうち、偶然の働く余地の最も少ないものが最も技術的なもので、身体の最も害われるものが最も職人的なもので、身体の最も多く使用されるものが最も奴隷的なもので、徳を必要とすることの最も少ないものが最も卑しいものである。」
「・・・無条件に正しい人間を所有している国においては、国民は俗業民的な生活も商業的な生活も送ってはならないことは明らかである(というのは、このような生活は卑しいもので、徳と相容れないからである)。また最善の国の国民になろうとするものは、実際農耕者であってもならない(なぜなら、徳が生じてくるためにも、政治的行為をするためにも閑暇を必要とするから)。」
 徳が生じるために必要なのは労働ではなく、閑暇である。アリストテレスは人間のみが理性を持つと考え、この閑暇において人間が理性を働かせる場合のみ、家や国家をつくりうるとする。古代ギリシア人にとっては閑暇のなかで達成する政治的行為が最も価値ある行為だったのである。なぜそうなのだろうか。
 われわれの行為、思考、言論はすべて何らかの善を目的にしている。ある行動の目的はさらに高次の行動のための手段であり、この目的−手段−目的の系列を最後まで推し進めていくと、他の目的ではなくそれ自体のために追求されるべき最高の善に達する。人間にとって最高善とは「幸福に生きる事」であり、それを目指す学ないしは術をアリストテレスは「政治」(politike)と名づけた。「政治」は、共同体全体の幸福の実現を目的にし、その目的の追求によって人間が自分とその属する共同体を道徳的に高める場としてあった。その中で人間は自分を磨くのである。人間の幸福は自分の能力または徳を全体の幸福のために発現させることにある。ポリスの目的は人間の倫理的卓越性の実現と、それによる人間としての完成にあり、市民の一人一人が人間として完成することが、個人にとっても全体にとっても最高善、つまり幸福につながるというのである。

p132ー133
 しかし近代の萌芽とも言うべき宗教改革の時代に、労働観の変化が生じた。ルターは労働を、神の摂理とし、労働を罪の償いとするいわば原罪論から考えるのではなく、「神の召命」(Beruf)であるとした。ウェーバーは、ルターにおいて生じた労働観の根本的変換について次のように言う。
「修道院にみるような生活は、神に義とされるためには、まったく無価値というだけでなく現世の義務から逃れようとする利己的な愛の欠如の産物だとルターは考えた。それどころか彼は世俗の職業労働こそ隣人愛の外的な現れだと考えた。」
 卑しいこととされてきた農民や職人の職業労働を神によって授けられた使命と考えることは、単なる贖罪ではなく、その行為そのもののうちに意義を見いだすことであり、この意味でカトリシズムから一歩踏み出した労働観ということができるだろう。このルターの説をさらに深化させたのがカルヴァンである。彼は恩恵による選びの教説(予定説)を唱える。ウェーバーはこれについて次のように言う。
「人間は生まれながらに罪の状態に堕落し、自らの力で悔い改めることはできない。神はその栄光を顕現するために、自らの決断によってある人々を永遠の生命に予定し、他の人々を永遠の死滅に予定した。この選びの決断は、神の自由な恩恵と愛によるものである。神は永遠の生命に予定された人々のみを有効に召命する。」
(M.ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』参照)

(2)近代の労働観
p135-136
 このようにして(『統治論』第2論文第5章)ロックは私的所有権を正当化し、各人は生まれながらに自分の身体とその諸能力に所有権を持っているので、労働の結果が本人に帰属するのは当然とした。そして彼はあらゆるものに価値の差異を生じさせるのは、ほかならぬ労働であるとして、その富の源泉である労働に価値をおいたのである。
 労働に価値が置かれる一方で、労働者に対しては勤勉イデオロギー(怠惰な労働者から勤勉な労働者へ)が注入されるという状況が生まれた。しかし、労働という行為様式は人々には容易に受け入れられず、工業労働者として労働することが当然のこととして身体に内面化するようになるには多くの歳月が必要だった。膨大な数の民衆にとって、プロテスタンティズム的な禁欲倫理などは無縁のものであったからである。「倫理の衣服をまとい、規範の拘束に服する特定の生活様式という意味での資本主義の精神が最初に遭遇しなければならなかった闘争の敵は、伝統主義とも名付くべき感覚と行動の様式にほかならなかった。」
(M.ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』参照)

p136-137
 人間の身体を組織的に操作可能なものへと変換する社会は、フーコーの言う「様々の実験を行い、行動を変えさせ、個々人を訓育したり再訓育したりする一種の機械仕掛け」としての社会であり、誰が指示するわけでない匿名の権力が自動的に機能するオートメーション工場のような社会なのである。フーコーは近代の市民的自由の根拠としての自律が、実は権力の側からの服従強制に呼応する心的規制であり、主体化が従属化につながるというパラドックスを労働の分析において明らかにしたのである。このようにして「勤勉な労働者」「労働こそ人間の本質」というイデオロギーは浸透していったのであるが、まさにこのようなイデオロギーは近代社会に固有のものなのである。
(M.フーコー『監獄の誕生−監視と処罰』参照)

(3)マルクスの労働観
p137
 労働の聖化、絶対化はマルクスによって頂点に達したと言えるだろう。マルクーゼはマルクスの『経済学・哲学草稿』の中から「労働は人間的自由の現実的表現である。労働することで人間は自由になり、労働の対象のなかで人間は自由に自己を現実化する」というテーゼを導き出す。これは外部にある世界に向かって自己を対象化していく活動として労働をとらえる考え方である。つまり、主体としての人間が自己の活動を通して客体である対象的世界に働きかけることによって、自己の営みをその中に刻印していくことを意味している。
(H.マルクーゼ『初期マルクス研究』参照)

p139
 マルクスのこの「労働」概念は、アーレントの言うところの「労働」ではなく、目的と手段によって決定された合目的的な制作行為であり、自然に働きかけて耐久的な生産物をつくり出すという意味で「仕事」である。アーレントによれば「労働」とは、前にも述べた通り、生命の必然に拘束された際限のない労苦である。この点でアーレントはマルクスが「労働」と「仕事」を混同していると批判する。
 ではこのマルクスの言うような労働観のどこに最も問題があるだろうか。それは、この労働観が労働を通して人間が自己実現を行うということを強調しすぎるために、労働の理想像を描き、一種のユートピア的労働論をつくりだしている点にある。なるほど自由で創造的な労働(動物的ではなく、また疎外から解放された労働)というものがありえるかもしれないが、現実の労働には「強いられたもの」という側面も必ず存在するからである。

p141-142
 また、労働至上主義を批判した異色の社会主義者としては、P・ラファルグがいる。社会主義の思想が「労働の権利」を軸に展開する中で、彼は「労働からの解放」を掲げる。
(中略)
 ここには勤勉イデオロギーに対する痛烈な批判が見てとれる。労働による自己実現の思想がかえって桎梏となって人間を苦しめているのであり、むしろ「怠惰」が人間を解放する可能性が述べられているのである。
 S・ヴァイユもまた過酷な工場労働の体験から、近代産業社会における現実の労働が、近代の労働の理念から、いかに隔たっているかを説き、自由のない隷属的な労働に呻吟する労働者の姿を描き出す。
(中略)
 この状況は現代のオフィスワークの現実にもあてはまる事柄であろう。しかし、彼女はだからといって労働一般からの解放を目指したわけではない。労働は人間にとって必然性の圧力で行われる不可避の営みであった。「人間が生きるかぎり・・・必然性の圧力はただの一瞬といえども、決して緩和されないだろう。・・・労働の観念そのものがほとんど消滅した生活が、情念と、またおそらくは愚行とに委ねられるだろうことを理解するためには、人間の弱さを考えさえすれば充分である。」
(P・ラファルグ『怠ける権利』参照)
(S・ヴァイユ『工場日記』『抑圧と自由』参照)
(続く)

December 23, 2005

『拒否できない日本』−アメリカ合衆国のための日本政府

 マンションの耐震強度偽装事件で、その物件の多くの建築確認を民間のイーホームズが行っていたことで、建築確認の検査機関を民間に開放した規制緩和に対して、マスコミ等で様々な意見が出た。しかし、それは一連の規制緩和の一部でしかなく、1998年に建築基準法がアメリカの意向によって大改正されたことはあまり知られていない。
 建築基準法の改正を検討した建築審議会の答申書によると、建築基準法の基本的ルールを「仕様規定」から「性能規定」に改め、それを「必要最低限」のレベルにとどめ、しかも「海外の基準や国際規格」と整合させる必要があると提言していた。このことから、阪神大震災とは無関係の改正だったことがよくわかる。
 これらのことは、関岡英之著『拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる』(文春新書 2004年)に書いてあるのだが、今回は、この本の「2 対日圧力の不可解なメカニズム」(p41−85)を時系列順に直したうえで見ていくことにする。

 1970年代、アメリカが対日貿易赤字に陥り、日本と通商交渉したが、なかなか解決できなかった。
 転機となったのは、共和党のレーガン政権に入ってからで、1983年、日米円ドル委員会を設けて、円安は日本の金融市場が閉鎖的なことが原因だとして、円の国際化と金融資本市場の開放を強く要求した。レーガン政権は軍事費増と減税によって、双子の赤字に苦しんだことから、経済に対する自由放任主義から積極的に介入する方向に方針を転換したのである。
 1984年、日米円ドル委員会報告書が出て、日本の銀行の国際金融業務を規制緩和することになった。
 1985年、プラザ合意で人為的にドル安にするとともに、日本を標的にした新通商政策アクション・プランを発表する。
 1988年、新通商政策アクション・プランに沿って、「包括通商・競争力法」(その中の一方的報復条項がのちにスーパー301条と呼ばれるようになる)を制定する。
 1989年、アルシュ・サミットでブッシュ大統領が日米構造協議を提案し、宇野首相が受け入れる。この年、アメリカが日本に対して初めて、スーパー301条を発動する。
 日米構造協議は、日本政府関係者のひとりが「まさしくこれはアメリカの第二の占領政策だ・・・これが漏れればたいへんなことになる」とつぶやいたエピソードがあるように、主権国家に対する内政干渉だったが、日本国内には違う反応もあった。

p64
 しかしこの国の不幸は、ひとたびアメリカから圧力がかかると、反発が起きる一方で、「いざ鎌倉」ならぬ「いざアメリカ」あるいは「外圧サマサマ」という反応が同時に現れることだ。このときも「アメリカの指摘は族議員・監督官庁・業界団体が三位一体となった、不透明で腐敗した日本の構造問題を鋭くえぐり出して日本の消費者や国民の前に明らかにしてくれた」と歓迎の辞を述べる声が出はじめた。特に、消費者団体や規制緩和を推進しようとするグループは、アメリカこそ待ち焦がれていた健全野党だと賛美した。

p65
 「規制緩和」であれ、「民主化」であれ、よその国の政府がわたしたちの国のことに口をはさんでくる場合には、その真意をよくよく推し量ってみる用心深さが必要ではないだろうか。
 日米構造協議のときに、アメリカ政府が膨大な人員とエネルギーを費やして日本の商習慣や社会構造を調べ上げ、日本の政府に対して改革を繰り返し要求したのは、ほんとうに日本の消費者の利益を改善することに関心があったからだろうか?アメリカの選挙民や政治献金のスポンサー企業は、アメリカ政府が日本の消費者のために熱心に働くなどということを喜ぶほどおめでたいのだろうか?


 日本に対する内政干渉は、日米構造協議を経て、年次改革要望書という形で制度化されることになる。
 1993年、宮沢・クリントン会談で両国が「年次改革要望書」を毎年提出することで合意する。
 1997年、橋本・クリントン会談で、「年次改革要望書」が「強化されたイニシアティブ」に引き継ぐことに合意する。
 2001年、小泉・ブッシュ会談で「強化されたイニシアティブ」が「改革イニシアティブ」に引き継ぐことに合意する。

 アメリカの要求は、商法大改正、公正取引委員会の規制強化、司法改革など多岐にわたっているが、最近まで5つの優先分野が指定されていた。通信、金融、医療機器・医薬品、エネルギー、住宅の5つであるが、建築基準法が大改正されたことなどによって、2001年以降、住宅分野が優先分野から姿を消した。住宅分野でアメリカが要求していたのは、木材製品の輸入拡大だった。

 アメリカ、特に共和党政権についていくことが日本の国益になるという人が多いが、関岡氏は次のように指摘している。

p81
 むしろ民主党(主としてクリントン政権のイメージだが)が、けたたましく叫びながら手当たり次第に肉や皮を斬りつけてくるとすれば、共和党は静かに微笑みながら、後ろから背骨の急所を狙って刺そうとする凄味を持っているような気がする。しかしそのことで民主党や共和党に文句を言ってみてもはじまらない。アメリカの政党である以上、アメリカの選挙民の利益を最優先するのは当たり前だからだ。同盟国なんだから日本の立場も考えてくれているはずだなどと幻想を抱く方がどうかしているのである。老獪なアングロ・サクソンを前にして、彼らの善意を期待するなど危険なほどナイーブなのではないか。

 私は冷戦終了後も日本がアメリカに対して同じ行動をとり続けたことが事態を悪化させたのではないかと思った。冷戦時はアメリカについていくことが国益だったと仮定しても、冷戦後はアメリカと距離を置くことが必要だったのではないか。日米ともに、冷戦後は国益が変化するわけで、湾岸戦争、国際貢献、最近では北朝鮮と、アメリカについていく理由が次から次に浮上してくるが、それらはアメリカが、冷戦終了という根本的な変化を隠すためのカモフラージュとして使っていたのではないか。

 中韓などアジア諸国やヨーロッパ諸国との関係を強化する全方位外交は、平和主義という観点からだけでなく、アメリカとの間で有利な立場で交渉を行ううえで必要だと思うのだが、小泉首相の外交は中韓に対しては強硬に主張しても、アメリカに対しては交渉をするというよりも、アメリカの主張をそのままのんでいるだけではないかと思えてくる。

 外資系保険会社のコマーシャルの氾濫を見るたびに、アメリカ合衆国に対して反感が募り、私はにわかナショナリストになるとともに、日本のことを自分で決めようとしないコイズミとタケナカの顔が浮かんでくるのである。

参考URL
自著を語る 関岡英之(文藝春秋)
日本政府に規制改革要望書を提出(在日米国大使館) 

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