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August 20, 2005

争点誘導の総選挙

(1)郵政民営化反対論について

 自民党の郵政民営化反対派は小泉首相から抵抗勢力や守旧派と言われ、郵政法案に反対した民主党も同じ抵抗勢力だと言われている。さらに、反対派議員の選挙区に「刺客」を送り込んでいる。
 マスコミも、首相のレッテル貼りを利用したイメージ報道や、有名人の「刺客」に関する報道で視聴率を稼いでいる。
 そのようななかで、郵政民営化反対論の中身がなかなか報道されないが、インターネットで荒井参院議員が2時間にわたって反対論を繰り広げているので、賛成派も反対派も視聴をおすすめする。

選挙特番 私が郵政民営化に反対する本当の理由
(神保・宮台マル激トーク・オン・デマンド(VIDEONEWSCOM))

(2)郵政民営化から新自由主義に争点を広げる必要性

 私は郵政民営化よりもっと大事な問題があると思っているので、小泉首相が郵政民営化に争点を絞っているのは悪質な争点誘導だと思っているが、郵政民営化は新自由主義(マル激流にいえばネオリベ政策)の一つであるので、郵政民営化の是非を問うことは新自由主義の是非を問うことでもある。わかりやすくいえば、日本経済のアメリカ化を進めるのか、それともブレーキをかけて他の方法をとるのかということである。郵政民営化の是非を考える際は、新自由主義の是非と捉えて考えないと、後でこんなことになるとは思わなかったと後悔することになりかねない。

A contemporary dilemma haunted by history By Ronald Dore(Financial Times  August 8 2005 20:22)

Junichiro Koizumi, Japan’s prime minister, has lost the vote on his grand scheme to privatise the country’s post office with its vast savings pool and will go to the polls. For now, the village-pump communitarian face of Japanese conservatism has won out over anti-bureaucratic, privatising radicalism. The global finance industry will have to wait a little longer to get its hands on that $3,000bn of Japanese savings.
(toxandoriaさんの日記より 意訳) 日本の小泉純一郎首相は、膨大な貯蓄額を持つ郵政事業の民営化法案という彼のグランド・スキームを国会で否決された。その結論は総選挙に委ねられることになった。とりあえずは、旧い田舎じみた印象の日本の保守主義が過激な反官僚主義と過激な民営化方針に勝利を収めた形になっている。このため、世界の金融産業は、約350兆円の日本人の貯蓄を手に入れるまで、もう少しだけ我慢しなければならない。

 上の記事はブログで話題になっているFinancial Timesの記事であるが、書いているのは有名なイギリス人日本研究者のロナルド・ドーアで、彼の『働くということ』は当ブログでこれまで2回にわたって紹介している。
 今回、『働くということ』から選挙に関係がありそうな箇所を抜粋して紹介する。この本は文化的な話にまで遡って経済の話をしているので、選挙とは関係なく、ぜひ一読をおすすめしたい。

ロナルド・ドーア『働くということ-グローバル化と労働の新しい意味』(中公新書)

 私は現代日本で行われている、そして小泉純一郎内閣がこれからやろうとしていることについては、「改善」を想定させる「改革」という言葉ではなく、「変化」あるいは「変革」といった中立的な言葉を使った方がいいと思いますが、決していい方向への改革とは思えません。ところが、競争や市場の信奉者たちの主義・理論でとるにたらないものは別として、彼らの前提になっている「マラソン的歴史観」とでもいうべきものには、ある程度経験的に頷けるものがあります。
 マラソン的歴史観というのは、先頭を走る選手が必ずいるのと同様に、ある国は先進国として走り、ある国は遅れているが、すべての国は同じ歴史的コースを走っているという比喩です。アングロ・サクソン「先進」諸国の後について、新自由主義へのコースを走っていくことが望ましくもあり、必然的でもあるという信念が、過去10年間―ヨーロッパ大陸の場合まださほどはっきりしていませんが、少なくとも日本で―経済産業省・財務省の経済官僚、特に若手の官僚たちの間では次第に支配的な理論になってきました。小泉氏が首相になって「抵抗勢力」を敗北に追い込んでからの政府においてもそうです。(p30-31)

 大臣になる前の竹中平蔵教授は『日本経済新聞』の広告特集記事の中で、リスクをとれば利益を手にすることができるという考え方を植え付けるために、小学校の生徒に株を教えるのは悪くないアイディアだと述べていました。私は、デフレの深刻さを認めない彼は経済財政担当大臣になるよりも文部大臣になる方が無難だと思ったこともありますが、やはりならなくてよかったようです。最近の改革派エコノミストにとって、リスクは一つで分割不可能であり、起業家のリスクと投機のリスクなどという道義的な区別(筆者注:p68で、結果が幸運だけでなく、顧客を喜ばそうとする努力で決まる場合と、結果が幸運と狡猾さだけで決まる場合との違いと説明されている。)は無意味なようです。(p69)
 おそらくそれよりも重要なのはアメリカの大学院経済学部です。フランス、イタリア、日本、中国の大学の経済学部で教えている経済学者には、博士号をシカゴ大学、MIT(マサチューセッツ工科大学)といった有名大学ばかりでなく、ワイオミングやケンタッキーの地方大学で得た男女が増えています。次の世代のビジネスマンや公務員を訓練するのはこれらの人々なのです。彼らは、アメリカの博士号が持つ威信のお陰で、メディアや政策が形成される政府委員会や審議会で不釣合いに大きな発言力を持っています。  日本でその代表的な人物が、郵政民営化を使命とする経済財政担当大臣になっています。これらの人たちはいろいろな国の制度についてさまざまなことをよく知っていますが、なんといっても彼らの共通語、共通文化はアメリカのそれで、経済制度を考えるとき、当たり前の制度と想定するのはアメリカのそれなのです。労働市場の柔軟化を目的とする労働法改正が―不当解雇に関する規制の緩和にしろ、期限付き労働契約の範囲の拡大にしろ―、国から国へ速く伝播するのは、米国学会を中心とする学術・文化・政策的認識の世界的同質性のなせるわざではないかと思います。(p177-178)

参考ブログ
世界の常識は日本の非常識?(海外から見た「日本の不思議な光景」) (toxandoriaの日記)

August 14, 2005

つくる会教科書を杉並区民は支持するのか

 つくる会の教科書は既にいくつかの自治体で採択されていたが、杉並区という東京のリベラルな地域で採択されたことに驚かされた。石原知事の東京都(都立の中高一貫校等)や、保守的な地方で採択されるのは、予想されたことであったし、採択した自治体数もわずかであったので、このまま下火になるのではないかと思っていたのである。

『つくる会』教科書攻防(東京新聞8月6日)

■「杉並区民は無関心過ぎる」

 別の区民は「杉並区は住民運動が根付いた先進地域のイメージがあるが、実は区民は無関心過ぎる。『リベラルでやり手』の印象を与える区長の下で、つくる会の教科書を支持しなかった区教育長が辞めていても、その事実に関心を持たない」と指摘した。

【関連】 現場の意向尊重を 政治的中立損なう恐れ(東京新聞8月12日)

<解説>  「新しい歴史教科書をつくる会」が主導する扶桑社版の歴史教科書は、太平洋戦争を当時の日本側の公称である「大東亜戦争」と表記し、神話を多く取り上げるなど、特定の歴史観が反映されている。このため、中国や韓国が採択に強く抗議しているほか、国内でも、支持派と反対派が激しく対立し、四年前の一斉採択では市区町村で全く採択されなかった。

 今回「つくる会」主導の教科書を採択した杉並区教委や東京都教委の場合、同会の思想に共感する区長や知事の政治姿勢が影響した可能性が強い。教科書の採択権限は教育委員会にあるが、委員は区長や知事が議会の同意を得て任命するからだ。

 杉並区では前回、同教科書への評価が委員の間で分かれ、その後、山田宏区長の側近だった元区職員が委員に就任。この委員は当初は三種類の教科書を支持したが、最終的に「つくる会」主導の教科書を推した。

 まさかとは思ったが、やはり元民主党区長の意向のようだ。民主党を支持すると、つくる会教科書を支持したことになると思った有権者はほとんどいなかったのではないか。小沢自由党から社会党までの議員が一緒になった党では、歴史認識や安保・外交問題で一致する方が不思議な話なので、ばらばらと言われても仕方が無い。政権交代達成後は暫定政権にして、できるだけ速やかに保守派とリベラル派に分裂して、自民党を含めた形で政界再編すべきだろう。そうしないと、有権者はどの党に投票すればよいのかわからない。

 13日、グラビアアイドルのインリンさんがブログで次のように主張した。

S cawaii(インリン・オブ・ジョイトイの日記)

ちなみに今日は、平和を愛する私としてはマジ許せない事が東京で起きました。 日本の侵略戦争を否定して美化してる人達が作った歴史教科書を杉並区が採用したんです(>_<) 日本人は過去の過ちを認めて反省して教えて、そしてアジアの国と平和な未来を築くべきだと思います。 今の若者に過去の責任はないけれど、過去の過ちを正しく知る権利と義務があると思います。 恐ろしい事に巻き込まれない為には、 何が恐ろしいか知っていなければ反対出来ません。 残念ながら、日本が侵略戦争を行ったのは事実です。 嘘で事実をごまかすのでは、日本人も含めた戦争犠牲者がかわいそう! 嘘の教育をしたら、また、未来の戦争犠牲者と加害者を作るだけです!

 私は知らなかったのだが、インリンさんはセクシーなグラビアアイドルで、以前から政治的な発言をしているようだ。台湾生まれだが、台北政府よりも北京政府に好意的なようだ。
 インリンさんの上の主張に私は同意するが、中国人からこう言われたら反発する日本人は多いだろうと思う。しかし、台湾人からこう言われたらどうだろうか。台湾人といえば親日的な人が多いことで知られるし、中国嫌いの石原知事も李前総統と交流があるなど、反中派で台湾に好意的な人は多い。
 インリンさんは台湾人である。これだけであれば、日本人には耳が痛い。しかし、北京政府に好意的であれば、本当は中国人なのではないか、そうであればけしからんという訳のわからない反中派からの批判が出てくるだろう。

 さて、今回この記事を書くにあたって、つくる会教科書(中学の歴史)を読んでみることにした。まだ全部読んだわけではないが、感想としては以下のとおり。
1 中学生の内容としては難しい。
2 神話が多く紹介されていて、史実と神話が混同されかねない。
3 保守派の歴史観が紹介されている。そのこと自体は問題ない。問題なのは、保守派の歴史観がほとんど一方的に紹介されていること。
 初めて歴史を学ぶ中学生の段階で、保守派の歴史観を客観的に読むのは至難の業だろう。例えば一例を挙げると、共産主義が全体主義の一種として紹介されている。スターリニズムが全体主義の一種といわれることはあっても、共産主義すべてを全体主義とするのは私は今まで聞いたことがないし(ハンナ・アレントはスターリニズムについていっている)、そのような説があるとしても、中学校の歴史教科書で断定的に紹介するのはあまりにも学問的に乱暴ではないだろうか。(荒らしが来そうなのであらかじめ言っておくと、私は共産主義を支持していない)
 最後にインリンさんからのメッセージ。

だから、女の子がセクシーで目標のある自立した人生を生きる為に、 絶対に守らなければならないこと それは平和と自由と平等ってことなんですよね☆

August 07, 2005

JR西日本の脱線事故はこのまま風化してしまうのか

 JR西日本の脱線事故については、運転士の死亡等で当初原因究明が難航したため、当ブログで取り上げるのを避けてきたが、三ヶ月以上たっても刑事捜査が進展していないようなので、今回取り上げることにした。捜査当局がこのまま幕引きを狙っているとしたら、死者は浮かばれない。

脱線死者73人に カーブで時速108キロ 兵庫県警 JR西を強制捜査(西日本新聞4月25日)

 兵庫県尼崎市のJR福知山線で二十五日朝に起きた快速電車の脱線事故で、尼崎東署捜査本部は二十六日、業務上過失致死傷容疑で、JR西日本の京橋車掌区(大阪市都島区)から資料を押収した。また大阪支社(大阪市阿倍野区)など七カ所にも捜査員を派遣し、運行記録や勤務日報などの任意提出を求めた。

 事故直後、警察は業務上過失致死傷容疑で捜査を始めている。しかし、JR西日本から資料を押収したのは事故翌日で、しかも任意提出にしている。
 過密ダイヤや日勤教育など、JR西日本の組織的問題があったことは周知の事実となっているところだが、JR西日本にとって不利になる資料は警察が入手していない可能性が高い。警察は本気で捜査しているのだろうか。

「ゆとり」程遠く JR宝塚線新ダイヤに運転士指摘(神戸新聞6月19日)

 新しい暫定ダイヤでは、最高時速を百二十キロから九十五キロに、現場カーブの制限時速を七十キロから六十キロに下げたが、基準運転時間は川西池田―尼崎間で三十五秒増えるにとどまった。

 ベテラン運転士は「余裕のあるダイヤに見えるが、実際は制限速度いっぱいで走らなければ遅れてしまう」。別の運転士も「駅の停車時間も延びたが、以前から遅れがちだった実態に合わせただけ。ゆとりができたわけではない」と話す。

責任追及から分析型へ JR西日勤教育(神戸新聞7月7日)

 尼崎JR脱線事故を受けて、JR西日本が進めていた運転士らに対する「日勤教育」の見直し案の具体的な内容が六日、明らかになった。教育期間の基準を初めて定め、ミスの重大性により一週間から一日まで幅を持たせる。教育の重点を、ミスの責任追及から原因分析に変更し、再発防止に役立てる。重大な事故につながりかねない赤信号の見落としが一週間と最も長く、脱線事故の主因とされる速度超過を含む禁止事項の違反は三―五日としている。

 ゆとりを持たせたダイヤに改正したり、日勤教育の見直しをするなど、JR西日本の事故後の対応が続いているが、どこまで実効性のあるものなのか。第三者機関の厳しいチェックでも受けない限り、とても実効性が担保できないのではないか。
 新ダイヤについては、来春にも元のダイヤに戻したいと鉄道本部長が発言し、批判を受けて撤回した経緯がある。本当に安全だったら、事故は起きなかったわけだが、JR西日本の上層部は今でも安全なダイヤだったと思っているようで、事故の原因は運転士のミスと言わんばかりの対応だ。このような会社に自浄機能があるとはとても思えない。

管理部門の「過失」焦点 捜査長期化は必至(神戸新聞6月25日)

 尼崎JR脱線事故で、兵庫県警尼崎東署捜査本部は二十四日までに、遺族や乗客、JR西日本関係者ら約五百五十人の事情聴取を終えた。現場カーブでの速度超過が主因とされる事故の捜査は今後、JR西の管理部門にこうした事態を予測しながら回避措置を怠るなどの「過失」がなかったかどうかが焦点となる。ただ、背景として指摘される余裕のないダイヤ設定や新型列車自動停止装置(ATS―P)の整備遅れ、ミスに課せられ懲罰的な「日勤教育」などから、「過失」の立証に結び付けるのは難しく、過去の鉄道事故同様、捜査の長期化は避けられないようだ。

 業務上過失致死傷容疑での捜査は難しいといわれている。私は今回の事件で、JR西日本の上層部に刑事責任があるのではないかと思っているが、法的に立件できなければそれはそれで仕方ない。しかし、不起訴になってしまった場合でもしっかりと再発防止策がとられなければならない。国土交通省の出番である。

2005年4月25日に起こった福知山線脱線事故について(富久信介・17才の生涯)

今回の事故は、ひと言でいえば、ずさんな鉄道行政が招いたことで、107人の亡くなられた乗客と負傷された大勢の乗客は国交省鉄道局の怠慢の犠牲者だと思います。無論、JR西日本が安全を軽視しずさんな運行をして事故を招いたことは論を待たないが、それを許してきたのは、鉄道に関する殆ど全ての権限を持っている国交省鉄道局です。
本来統一すべき安全基準を鉄道事業者任せで各社バラバラの状態を放置してきた国交省鉄道局の怠慢と不作為がまた大惨事を招いたことは明白です。日本には数社しか鉄道車両メーカーはありません。レールも全て形状は同じで、これも数社しかない鉄鋼メーカー製でしょう。つまり、鉄道事業者は異なっても、同じ車両が同じ設計のレールの上を走っている訳です。安全基準が鉄道事業者任せでバラバラでいい筈がない。誰が考えたって、おかしいと思います。鉄道局の職員にとっては鉄道事業者や鉄道車両やレールのメーカーは重要な天下り先です。役人は自身の天下り先を大事にするから、厳しい安全基準を設けて、鉄道事業者の経営を危うくすることは彼らの利益に反することだから、極めて緩い基準しか決めてないのだと考えるのは穿ち過ぎでしょうか。

 日比谷線脱線衝突事故の遺族の方が、JR西日本だけでなく国土交通省の責任を問う必要を訴えている。確かに今回、国土交通省の責任を追及したマスコミを見ていない気がする。遺族の悲しみを強調したり、マンションの建て替え問題など、情に訴えかける報道ばかりで、マスコミに原因究明・再発防止という観点があまり見られなかった。
 国土交通省の責任については、安全第一の鉄道行政に政治主導で変えていくしかない。ゆえに、鉄道事故を考える場合にも、政治という観点が欠かせない。政治をおろそかにしていると、思わぬ所でそのツケが出てくる。
 何でも民営化すればバラ色になると思っている首相のもとでは、安全第一の鉄道行政などできるわけがない。

懲りぬJR西の体質とは ミスした運転士追い込む?再教育(東京新聞4月27日)

 さらに労務管理の強化も運転士にのしかかる。「JR東日本では一分間の遅れは、訓告にボーナスは5%カット。昇給ランクも下がる」(田中氏)。JR西日本の現場社員も「会社は来年度から、定期昇給抜きの完全な評価主義賃金体系を導入しようとしている。いまでも訓告が二回続くと給与の等級が一号下がり、二分遅れれば内部規範で乗務を降ろされる」と話す。

 「旧国鉄時代は『安全は輸送業務の最大の使命である』で始まる安全綱領を毎日、唱えさせられた。現在のJR綱領は『われわれはリーダーカンパニーを目指します』だ」とJR東日本関係者はため息をつく。

 「昔は見習い中『全責任は運転席にあり、総裁が乗ってきても運転士の判断が勝る』と同乗する先輩運転士に誇りをたたき込まれた。いまはマニュアル漬け。かつては想定外の事態にも冷静に対応できるよう先輩がわざとオーバーランをして、パニックからの回復を練習させた。いまではあり得ないことだ」

 今回の事故について、自殺した運転士の父親は訴える。「背景には職場の余裕のなさがあるのではないか。これを運転士個人の責任に帰したり、『再発させません』という精神論だけで終わらせてはいけない」


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