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June 05, 2005

『働くということ』(1)

 ロナルド・ドーア『働くということ-グローバル化と労働の新しい意味』(中公新書)(リンク先は読売新聞の書評)は、経済だけでなく、日本社会全体の現状をとても鮮やかに分析していて、目から鱗が落ちる思いがした。ただ、あまりに鮮やかに一刀両断しているのに少し懐疑的になったのと、あまりに悲観的すぎるのではないかと思った。私としては、もう少し、政治の力というものに対して信じたい気持ちがある。
 ここでは、第4章で書かれている、不平等の拡大を当たり前とする「公正」概念の変化について紹介する。

フランス革命から40年後、アーノルド(筆者注:イギリスのパブリック・スクール、ラグビー校の校長。1795-1842)は、自由が至高の価値だという思想は、「政治的英知の名において、人間の利己主義に迎合したもっとも欺瞞に満ちた主張の一つ」だと喝破しました。そして、その主張をさらに詳しく説明します。

「市民社会は、その個々の構成員が、隣人に対して、直接に暴力や不正を働かない限り、個人が自分の利益を自分で守れるよう、干渉せず放置すべきだ」とする。

つづいて、こう述べます。

人々は先天的に与えられた力において平等でないこと、後天的に取得した長所においても平等でないことを十分に知りながら、さらにまた、あらゆる種類の権力は自己を増殖させる傾向があることを十分知りながら、われわれはそれを傍観し、このもっとも不平等な競争を平気で傍観するのである。われわれは忘れているのか?社会という名称そのものに、それが単に競争ではなく、強者の力を抑制し、弱者の寄る辺なさを保護することによって、すべての者の公益を推進するという意味が含まれていることを。(p128-129)


 このような思想のもとにうまれた社会保障制度は、1970年代まで先進国で支持されたが、1980年代以降は新自由主義的な「市場個人主義」に取って代わった。市場個人主義による不平等の拡大は、上の方の人が中位とのギャップを大きくしたことからくる現象であるが、この変化の理由として、アメリカのポール・クルーグマンは4つの因果関係を挙げる。

1 低賃金の発展途上国参入による競争の激化
2 技術変化によって引き起こされる技能割増金の増大
3 スーパースター現象(少数の勝者がすべてを手にする)
4 社会規範の変化

 社会規範の変化の要因としては、

1 株主運動や株主価値観の普及
2 経営者の利害を株主の利害と一致させるストックオプション制度の普及
3 自分の給与を決める報酬委員会のメンバーを、社長自身が任命する仕組みが多くなったこと
4 報酬調査専門のコンサルタントが、各社の経営トップの報酬に関する情報を広く定期的に集め、世間相場の形成メカニズムが発達したこと

 しかし重要なのは、社長たちの巨額な報酬が一例である貧富の差は、どこまで開いていいのか、同一社会内に莫大な富と悲惨な貧困の共存は、どの程度まで許容されるのかについての一般的な規範の変化です。ここで「規範」と訳されているガルブレイスのもとの言葉は「code」です。儒教的な訳語でいえば、経営者の「経営道」に当たるでしょう。自己規制はその重要な一部分ですが、それは給与の格差を圧縮しただけでなく、以上の引用でもガルブレイスが指摘しているように、正直さとも関連していたのです。「合法的に許される貪欲」に対する抑制がはずれると、ごく当たり前の正直さも失われていくということが、最近のエンロン、ワールドコム、タイコ等の不祥事で証明されました。(p139-140)
 社会規範の変化を促した社会構造の地殻変動の要因としては、

1 (イギリスにみられるような)戦時中の連帯の意識が弱まっていること
2 豊かな社会になったこと
3 性の革命と女性運動、ジェンダー革命を通じての影響
4 階級構造の変化
5 人種的多様性
6 人口の高齢化

 しかし、4の階級構造の変化は、2世代、3世代たつにつれて、活発な社会移動は次第に低下していく。

 経済的な階級間の差異が文化的な差異にも発展していきます。以上引用した刈谷剛彦の調査で、家庭の文化階層の指標として使ったのは、たとえば、「家の人はテレビのニュース番組を見るか」「家の人に博物館や美術館につれていってもらったことがあるか」「小さい時、家の人に絵本を読んでもらったかどうか」などに対する子どもの返事でした。そういう身近な次元で社会階層性が文化階層にも発展していけば、刈谷がいう「インセンティブ・ディヴァイド」をきたすに違いありません。それは低階層の学力取得意欲も学習効果も低下させ、階層の世代間再生産を促進するばかりでなく、階層間の相互的違和感を大きくして、社会連帯の意識の希薄化をどうしても進めます。(p148)
 不平等の拡大を当たり前とする社会規範が逆転する可能性としては、

1 この社会規範の変化はまだ決定的ではない
2 「あなたの不安、私の平和」効果

 「あなたの不安、私の平和」効果というのは、貧困層の悲惨は富裕層の生活の質を損なう可能性があるというもので、二人のイギリスのジャーナリストがこのシナリオを鮮やかに描写している。

 50年前、ほとんどの中流給与生活者が家に警報装置を備える状態を想像したら、恐怖症と診断されただろう。(これから20年たったら)経済的余裕のある人が、ボディーガードを雇ったり、レーザーワイヤーを施したり、警備犬を飼ったりする一方、その他の人たちは闇経済、ピストルと麻薬が通貨となっている闇経済で何とか生存しているのである。人々は合法的にせよ非合法にせよ、拳銃を携行することになるだろう。責任感のある親は子どもを一人では決して外に出させないだろう。(p155-156)

 児童虐待の増加と虐待の連鎖は、階級間の社会移動が低下しているあらわれかもしれない。
 セコムの増加が犯罪の増加のためだとしても、犯罪の増加は中国人の増加だけでなく、貧富の格差が拡大している結果ともいえるのではないか。
 社会保障にセコムのような防犯効果があることに日本の富裕層が気づき、それを認めるときは来るのだろうか?
(続く)
   

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Comments

TBいただきましてありがとうございます。

この本は、怖い預言書ですね。

預言書にしては難しくて、多くの理解は得られないかもしれません。

ただ、内容はマルクスの窮乏化説と似ていますから、このままでは、革命になる。

それを防ぐのがセーフティネットなんですが、ここに来ると政策論になるので、ドーアさんは詳しく触れていません。

マルクスの時代とどこがどう違うのかをわれわれは見極める必要がありますが、たとえば、労働分配率の推移なんか最近どうなってるのでしょう?

マルクスは絶対的窮乏化でしたが、今は、まさに相対的窮乏化かもしれません。

そのあたりをよく見たいと思っています。

マルクスって人はやっぱりすごいおじさんですね。

今後ともよろしくお願いします。

 Bookwatchさん、こんにちは。
 私は残念ながらマルクスをよく知りません。あと、Bookwatchさんと違って、この本を預言書というよりも、日本社会の現状分析の書と捉えています。
 預言書と捉えると、大恐慌の預言ということになりますが、私はロナルド・ドーアには何か政治という観点が抜けているように思えるのです。先進国で福祉国家を標榜する政権(第三の道ではない社民政権)が生まれれば、大恐慌を待たずしても変わりうるということです。それはEU憲法否決に見られるように、フランスあたりからその可能性があると思います。新自由主義が政治(イギリスのサッチャー政権とアメリカのレーガン政権)から生まれたように、それを逆転させるのも政治ではないかと思いますし、私としては民主主義による政治の力を信じたいという気持ちがあります。

民主主義による政治の力を信じるという点はまったく同感です。

社会主義革命も、言い出したのはインテリですが、実践したのは民衆です。

経済はほうっておくと、どんどん貧富の差が出てきますから、それを調整するのは政治の力しかないと思います。

いわゆる社会民主主義の基盤となる厚生経済学や、公共経済学はそういった考え方ですね。

小泉-竹中ラインは、それが経済の活力を失わせる大きな要因だといって、規制緩和に走ってしまいました。

規制緩和はいいけど、セーフティネットをしっかり張った上で規制緩和しなければいけないのに、たとえば、年金問題も中途半端にしています。

せっかく政治の力である程度貧富の差をなくしてきたのに、それをやめてしまった感じがします。

ここは、あなたのおっしゃるように、もう一度政治の力を発揮しなければいけないのでしょうね。

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