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June 22, 2005

「Don't Believe The Truth」

「この3年間のうち、1年半はニュースを観ていたような気がする。今の時代、情報があまりにも多すぎる。戦争を始めるとき、ブッシュもパウエルもブレアも結局みんな嘘をついていた。世界で最も権力のある人たちを信用できないんなら、一体誰を信用すればいい?俺にはわからない。だから、このタイトルにしたんだ。」(Oasisのノエル・ギャラガー)

 Coldplayの「X & Y」がいいといったって、所詮CCCD。盛りを過ぎたなんていう奴がいるが、題名からしてOasisの勝ち。日本にもOasisのような骨のあるバンドはいねえのか。曲がいくら良くたって、魂が入っていなけりゃロックとは呼べねえだろ。

June 11, 2005

フランスのEU憲法否決(2)恐怖の政治

 フランスのEU憲法反対派は、EU憲法の新自由主義的な面に反対していたといわれるが、実際にはEU憲法自体に反対していたというよりも、EU憲法を国民投票で否決することが目的であって、そのために工場移転や移民などによる失業といった有権者の恐怖感に訴えかけ、功を奏したというのが実情のようだ。

J1 やっぱりこれが書かずに...(fenestrae)

「恐怖感」にアピールするやりかたはこれまで通常極右のお家芸で、左派は「不満感」に訴えてきた。今回はこの「恐怖感」が左派のノン派の中で増幅されている。そしてその恐怖感に訴える「魅惑」がマスコミをも包んでいる。2002年の大統領選挙で、「治安低下」という観念を右派、保守派がうまく利用したことで、その時点でみれば35時間労働の実施にともなうぎくしゃく以外に首相としてはさしたる政策の失点のなかった--失業率を下げ、住民皆保険の導入に成功した--ジョスパンがル・ペンより下におかれた。あのときの「治安低下」と同じような役割を、「自由主義経済の行き過ぎ」「工場移転」「社会的ダンピングが」が果たしている。もちろんこうした問題は厳然とある。しかし、欧州憲法をこれらの問題に結び付けるキャンペーンの中で、労働問題にかかわる一つ一つのニュースが特別な輝きを帯びる。これは結局すべてのメディア受容を覆ってしまった。

 EU憲法が本当に新自由主義的なのかについては、fenestraeさんが「 [TCE]「競争が自由で歪められることのない域内市場」で取り上げている。それによれば、第3条2項に

連合はその市民に、内部の国境のない、自由と安全と正義(司法)の領域を与え、また、競争が自由で歪められることのない域内市場を与えるものとする。

という表現があり、フランスで大論争になった。それについてウィのリーダーが人々にわかるように説明することができず、ノンに対する防戦的な説明しかできなかったという。

 このように、EU憲法が新自由主義的かどうかについては、意見が鋭く分かれている。さらに、EU憲法は各戸に配布されたようだが、膨大な条数からなっていて、EU憲法を評価することは一般の有権者には難しいと思われる。このことから、EU憲法自体に反対した人よりも、失業の恐怖感や内政への不満によって反対に投票した人が多かったことは容易に想像できるし、世論調査からもそのような結果が出ている。

 今回の国民投票の設定の仕方に無理があったのではないか。結果的には、難解なEU憲法を国民投票にかけたシラク大統領の政治的判断ミスといえる。ドイツのように議会の可決にとどめればよかったものを、シラク大統領としては国民投票で可決して政治的威信を高めたかったようだが、否決されてライバルのサルコジ氏の威信が高まり、EUの政治的危機を招いてしまったのだから、典型的なハイリスクハイリターンの失敗例を見る思いがする。

 シラク大統領の動機からしておそらく政治的なのだから、国民投票が政争に利用されても仕方がない面はあるが、反対派が利用した恐怖の政治はいただけない。恐怖の政治はアメリカ共和党やオーストラリア自由党が利用して成功し、先日のイギリス総選挙で保守党が利用して失敗した。

「恐怖の政治」山口二郎(PUBLICITY(「自由な言論」はどこにある?))

もう1つは、アメリカ、オーストラリア、オランダ、オーストリア、デンマークなどで繰り広げられた右派による「恐怖の政治」という手法がイギリスでも有効なのかどうかということです。

恐怖の政治とは、人間の生存そのものを脅かすような危険、脅威の存在を煽り立て、それに対して強硬な対応を取る右派政党への支持を集めるという手法です。

アメリカにおけるテロとの戦い、オーストラリアにおける移民排斥などがその成功例です。アメリカのような宗教の影響が大きな社会では、道徳を崩壊させる異教徒、無神論者の侵入というのも、同じような恐怖をあおります。

イギリス保守党は、オーストラリア保守政権の選挙参謀であったリントン・クロスビーという男を招聘し、今回の選挙戦の戦術を考えました。それが、移民、難民問題です。

移民が増えている、難民申請を却下された不法滞在者が増えているとしきりに叫び、それが治安の悪化、社会の荒廃をもたらしているというわけです。

その中では、当然デマや虚偽が撒き散らされます。実際、フランスのカレーにイギリスへの船を待つ難民の大群という写真が大衆紙に出ましたが、実際にはそんなものはありませんでした。

 EU憲法の国民投票でフランスの左派メディアは、ル・モンド・ディプロマティーク誌が反対の論陣を張り、ル・モンド紙とリベラシオン紙が賛成の論陣を張った。ちなみに、Attac Franceはル・モンド・ディプロマティーク誌の呼びかけから生まれているので、両者の論調は当然ながら極めて近いようだ。fenestraeさんは、反対派には誤った宣伝が多かったという。

J1 やっぱりこれが書かずに...(fenestrae)

実のところは、左翼のノン派の偽善に対する私の不信の最も大きい部分は、もっと身近で単純なところ、つまり、ノンを主張するにあたって真実を語っているかという点にはじまった。私の個人的な検証では、残念ながら左翼のノンは、極右のノンほどではないにせよ、最初にノンありきがゆえの事実にもとる主張が多い。この憲法の欠陥を隠そうとしていると彼らが批判する右派のウィにくらべても、格段に、誤った宣伝が多い。「欧州憲法を人民のものに」という共産党その他の主張を信用できないのは、まさに誤った宣伝によって「人民」からテキストを奪おうとするその知的な不誠実さゆえである。

 私はフランスの反対派の主張を読んでいるわけではないので、本当に誤った宣伝が多かったどうかはよく知らない。
 ただ、インターネット社会になっても、情報操作は後を絶たないし、米英によるイラク戦争の大量破壊兵器にみられるように、プロパガンダは党派にかかわらずどの組織でも行われる。それらに対しては、十分に気をつけたいところだが、正しい情報を知って、それを正しく流すことは意外と難しいことであるので、それに加え、受け取った情報が本当に正しいかどうか疑う姿勢も身につけたいと思った。

June 10, 2005

自殺大国の旧ソ連と日本

大阪過労死問題連絡会 最新情報(2004年9月)

2004/9/9 <自殺率>日本が先進国でトップに WHO調査
 【ジュネーブ大木俊治】日本の自殺者数が人口10万人あたりの比率に換算すると世界第10位で、旧ソ連・東欧圏を除く主要先進国の中では最も多いことが8日、世界保健機関(WHO)の調べでわかった。99年の前回調査では、日本は16.8人(96年)で23位だったが、今回は特に45~64歳の中高年男子の自殺者数が急増した。また、世界全体の自殺者数は推計で年間約100万人に達し、「殺人や戦争の死者の総計を上回る」と指摘している。

 調査は、データが入手可能な99カ国を対象に直近の数字を比較した。日本は00年で、自殺者総数3万251人だった。

 それによると、人口10万人あたりの「自殺率」が最も多いのはリトアニア(44.7人、02年)で第2位がロシア(38.7人、02年)。日本は24.1人(男35.2人、女13.4人)で10番目。主要先進国では米国10.4人(00年)、英国7.5人(99年)、フランス17.5人(99年)、ドイツ13.5人(01年)など。

 調査にあたったWHO精神保健局は、日本の自殺急増について「十分な分析はできていないが、不況による仕事でのストレスの増加が大きな理由のようだ。また、日本の場合“腹切り”の伝統があるように、自殺に寛容な文化的土壌もあるのではないか」と話している。

 社会実情データ図録 自殺率の国際比較には、世界の自殺率について詳しくまとめられている。このページのグーグル広告は、このページに適した広告がないと表示されていることからもわかるように、決して気分のよい読み物ではないが、重大な社会問題になっている以上、すべての政治家が一読すべきものだろう。
 自殺率上位10カ国には日本の他に、旧ソ連諸国と東欧のハンガリー、スロベニアが入っている。自殺率が高い点では共通している日本と旧ソ連諸国だが、自殺率が高い年齢層が違っている。50代男性の自殺率が高い日本に対して、ロシアでは40代男性の自殺率が最も高い。
 2005年6月4日の日本経済新聞には自殺率2位のロシアの現状が紹介されていた。ロシアには病院に自殺科という科があって、収容施設が足りない状態らしい。公式発表では富裕層10%と貧困層10%の所得格差は15倍、実際には50倍以上ともいわれ、専門家は貧窮を自殺の第一の背景として挙げる。自殺科のボイツェフ博士は「ソ連崩壊後の経済・社会の変化に取り残された層がトラウマに陥っている」、社会・経済問題研究所のコトキナ博士は「社会的、経済的責任を果たせない男性が絶望し、自暴自棄になっている」とそれぞれ指摘している。

社会実情データ図録 自殺率の国際比較

 日本の自殺率の高さについては、WHO精神保健部ホセ・ベルトロテ博士はこう言っている。「日本では、自殺が文化の一部になっているように見える。直接の原因は過労や失業、倒産、いじめなどだが、自殺によって自身の名誉を守る、責任を取る、といった倫理規範として自殺がとらえられている。これは他のアジア諸国やキューバでもみられる傾向だ。」こうした点は当の国の人間では気づきにくい見方かと思われる。

 自暴自棄になって自殺するか、責任をとるために自殺するかの違いはあっても、社会的責任を果たせない状態に追い込まれての自殺が多いことは日本とロシアで共通している。日本の特異な点として、失業による自殺だけでなく、過労自殺があることが挙げられる。過労自殺については、また別の記事として取り上げたい。

 日本にも、自殺科だけでなく、過労科もあわせて病院に設置した方がいいかもしれない。とにかく、自殺対策が急務になっていることは間違いない。
 皆さん、くれぐれも思い詰めないで頂きたいところだが、私も人のことより自分の心配をした方がいいかもしれないので、以下のブログは現実的な対処例が載っていてためになった。
日本の自殺率世界で10位(モノ太郎の雑学コラム)

June 07, 2005

フランスのEU憲法否決(1)サルコジ人気の不思議

 フランスでEU憲法が否決され、マスコミやブログでその意味や影響についていろいろ語られている。EU憲法についてもいろいろ紹介されているが、調べれば調べるほど、私にはEU憲法というものが良いものだか悪いものだかわからなくなってきた。もし、私に国民投票の投票権があったとしたら、ウィにするかノンにするか、決めかねているという状態である。
 最初は文句なくウィにすべきだと思った。EUという壮大で偉大な実験は成功させねばならない。しかし、EU憲法に新自由主義的でグローバル経済化を連想させる条文が入っていることを知ると、ノンにしたほうがいいと思った。いったんEU憲法が成立すると簡単に変えられないが、今回成立しなくても、また数年後に新しいEU憲法案ができるはずだからという主張にも説得力があった。その後、フランス在住のfenestraeさんのブログを見ていくと、EU憲法とグローバル経済化は必ずしも関係ないし、EU憲法を成立させたほうが成立させない場合よりも様々な面において都合がいいことが分かった。とはいえ、私が自分自身で分厚いEU憲法を読んだわけでもなく、EU憲法の難解さがわかってきたという程度であって、結局のところまだよくわからないのである。

 調べていくうちにとても不思議だったのが、フランスで与党党首のサルコジが人気があること。サルコジは新自由主義やグローバル経済化といったアングロ・サクソン型資本主義志向らしい。今回、EU憲法が否決された大きな要因はグローバル経済化に対するノンといわれているのに、フランス人の多くはグローバル経済化のサルコジを支持しているのである・・・

EU憲法批准国民投票結果後 --- 2(ね式(世界の読み方)ブログ)

今日は久しぶりにTV夜のニュースを見た。サルコジ・スパー・スター、なんだこれ。2007年の大統領選はもう勝った、という風情である。サルコジ離婚説も実は彼のポピュラリティを上げるためのネタだった説が出回っている。可能性あり。人気の落ちかかった芸能人が良く使う手だが。ウルトラリベラル資本主義EUにNONと言って、アングロサクソン・モデルのプラグマティズムが売り物のサルコが次期大統領では泣けてくる。

 私も泣けてくる。というのも、よく考えると、日本の安倍人気と同じではないかということ。自民党元幹事長の安倍氏はタカ派として知られるが、安倍氏を支持している人の多くが日本の右傾化を望んでいるとは思えない。そうではなく、若くてはっきりものを言う、要はテレビ受けするところに人気があるのだろう。フランスのサルコジもテレビ受けするらしい。先進国では言っている中身より外見で政治家が評価されてしまうのかと悲観しそうになるが、フランス大統領選になればさすがに政策の中身が評価されるだろうし、イギリスではかつてブレア人気があったが、戸別訪問にみられるように民主主義がきちんと機能しているらしい。日本のことだけ心配していればよいのかもしれない。

参考ブログ等
欧州憲法フランス国民投票、否決(media@francophonie)
仏・蘭で「EU憲法」否決の教訓/世界から見える日本の民主主義の危機(toxandriaの日記)
[TCE]「競争が自由で歪められることのない域内市場」(fenestrae)
英総選挙・候補者に同行取材(毎日新聞・記者の目)

June 06, 2005

『働くということ』(2)

 最終章でロナルド・ドーアは、ILOの用語でいう「中核的労働基準」の問題と、グローバル経済化の中でさまざまな社会は異なった価値体系を維持できるかについて取り上げている。ここでは、後者について、4つに分類して紹介する。

1 同質的な市場個人主義的な世界を約束するようにみえる二つのメカニズム

(1) アメリカの文化的覇権

 グローバル化した世界の支配階級「コスモクラット」を、あるジャーナリストは次のように表現する。

趣味においてはコスモポリタンで、意見においてはアングロ・アメリカン。この人たちはビジネス・スクールの卒業生同士の結婚式に世界中から集まる客、飛行機のビジネスクラスやファーストクラス席を満載にする連中だ。世界的大企業の幹部の大半をなしている。支配階級としては、歴史が始まって以来もっともメリトクラティックな(能力で選別された)支配階級。幅広い社会層の出身であり、不安な案件を多く抱えているにしろ、支配階級であるのは間違いない。(p172)

 このことは二つの点で、一国内の不平等の容認の問題に影響を与える。

一 国への帰属感の一般的な弱まり
二 自分の母国語が何であれ、英語を話して過ごすことが多いこと

 アメリカの文化的覇権はグローバル・エリートの増加という点で深刻な意味合いを持つ。
 日本企業の経営者たちの経営理念が、株主価値やネオリベラルな思想に共鳴する形で動いていることの一つの重要な要因が、ビジネス・スクールにある。
 フランス・イタリア・日本・中国の大学の経済学部で教えている経済学者には、博士号をアメリカの大学院経済学部で得た者が増えている。日本の竹中経済財政担当大臣に代表される。

(2) 市場主義に従わない者に資本の枯渇を約束する金融市場の力

 IMFと世界銀行が融資に付ける条件(コンディショナリティ)はアメリカ財務省の見解(ワシントン・コンセンサス)に従って草案され押しつけられる。
 
2 二つのメカニズムに対する反論

(1)ホーム・バイアス・パラドックス(資本が生まれ故郷にとどまる傾向)
(2)金融市場のグローバリゼーションは逆戻り不可能ではないこと(例えば、中国やマレーシアの金融保護主義で世界貿易システムが必ずしも損なわれることはないこと)
(3)それぞれの国はどのような経済制度を目指すか、まだ広い範囲で独立した選択をすることができるということ
(4)異なるタイプの資本主義の制度間に存在する差異はまだかなり大きく、どのタイプの資本主義が優れているかについては、いろいろな価値判断が可能だということ

3 労使関係の3つの対照的なシステム

(1)アングロ・サクソン型
本物の敵対関係。ストックオプションや利益シェアリング制度を通じて、従業員を小株主にさせる。
(2)大陸ヨーロッパ型
ナイフは鞘に収まっている。制度的ルールの制定が労使という「社会的パートナー」間の交渉・妥協によって行われる。
(3)日本型
ナイフは家の中の鍵をかけた戸棚にしまわれている。労使の分配のバランスは、経営者階級の価値観と責任意識の継続に依存している。

4 ロナルド・ドーアの結論

(1)資本主義形態の多様性に対して「差異万歳」。
(2)アメリカの文化的覇権の影響力は、イラク戦争によって、かなり低下している。
(3)アメリカの世界経済支配は、いずれ中国にその座を譲らざるを得なくなるかもしれない。そのとき、中国は何型資本主義になるのか、どのような文化的覇権をふるうのか。奇妙で折衷的なシノ・アングロ文化か?


 現在、資本主義形態の多様性に対して影響力を持っているのはドイツとフランスだろう。ドイツのシュレーダー社民党政権はイギリスのブレア労働党の第三の道を模倣し、フランスのシラク保守政権はアングロ・サクソン型に接近して、どちらもうまくいかず、失脚も近いようだ。
 EUとしては、EU憲法がフランスとオランダの国民投票で否決され、グローバル経済化に対するノンともいわれているが、問題はアングロ・サクソン型に対する代替案が出ていないことだ。EU憲法については次回、別の記事として取り上げたい。
 中国は、政府の研究機関が社民主義を研究しているという話もあり、将来福祉重視の資本主義モデルをつくる可能性もあるが、中国の時間感覚からして遠い将来になりそうだし、それまでに現在の政治経済制度が行き詰まる可能性もあり、将来を予測するのは難しいと思われる。
 それよりも、私の関心は中国の環境問題で、このまま中国の経済成長が続くと、地球環境に致命的な悪影響を及ぼすのではないか。まさに、持続可能な経済成長は果たして可能なのかのモデルケースといえるのだが、何か危険な実験のように思えなくもない。                                                                        

June 05, 2005

『働くということ』(1)

 ロナルド・ドーア『働くということ-グローバル化と労働の新しい意味』(中公新書)(リンク先は読売新聞の書評)は、経済だけでなく、日本社会全体の現状をとても鮮やかに分析していて、目から鱗が落ちる思いがした。ただ、あまりに鮮やかに一刀両断しているのに少し懐疑的になったのと、あまりに悲観的すぎるのではないかと思った。私としては、もう少し、政治の力というものに対して信じたい気持ちがある。
 ここでは、第4章で書かれている、不平等の拡大を当たり前とする「公正」概念の変化について紹介する。

フランス革命から40年後、アーノルド(筆者注:イギリスのパブリック・スクール、ラグビー校の校長。1795-1842)は、自由が至高の価値だという思想は、「政治的英知の名において、人間の利己主義に迎合したもっとも欺瞞に満ちた主張の一つ」だと喝破しました。そして、その主張をさらに詳しく説明します。

「市民社会は、その個々の構成員が、隣人に対して、直接に暴力や不正を働かない限り、個人が自分の利益を自分で守れるよう、干渉せず放置すべきだ」とする。

つづいて、こう述べます。

人々は先天的に与えられた力において平等でないこと、後天的に取得した長所においても平等でないことを十分に知りながら、さらにまた、あらゆる種類の権力は自己を増殖させる傾向があることを十分知りながら、われわれはそれを傍観し、このもっとも不平等な競争を平気で傍観するのである。われわれは忘れているのか?社会という名称そのものに、それが単に競争ではなく、強者の力を抑制し、弱者の寄る辺なさを保護することによって、すべての者の公益を推進するという意味が含まれていることを。(p128-129)


 このような思想のもとにうまれた社会保障制度は、1970年代まで先進国で支持されたが、1980年代以降は新自由主義的な「市場個人主義」に取って代わった。市場個人主義による不平等の拡大は、上の方の人が中位とのギャップを大きくしたことからくる現象であるが、この変化の理由として、アメリカのポール・クルーグマンは4つの因果関係を挙げる。

1 低賃金の発展途上国参入による競争の激化
2 技術変化によって引き起こされる技能割増金の増大
3 スーパースター現象(少数の勝者がすべてを手にする)
4 社会規範の変化

 社会規範の変化の要因としては、

1 株主運動や株主価値観の普及
2 経営者の利害を株主の利害と一致させるストックオプション制度の普及
3 自分の給与を決める報酬委員会のメンバーを、社長自身が任命する仕組みが多くなったこと
4 報酬調査専門のコンサルタントが、各社の経営トップの報酬に関する情報を広く定期的に集め、世間相場の形成メカニズムが発達したこと

 しかし重要なのは、社長たちの巨額な報酬が一例である貧富の差は、どこまで開いていいのか、同一社会内に莫大な富と悲惨な貧困の共存は、どの程度まで許容されるのかについての一般的な規範の変化です。ここで「規範」と訳されているガルブレイスのもとの言葉は「code」です。儒教的な訳語でいえば、経営者の「経営道」に当たるでしょう。自己規制はその重要な一部分ですが、それは給与の格差を圧縮しただけでなく、以上の引用でもガルブレイスが指摘しているように、正直さとも関連していたのです。「合法的に許される貪欲」に対する抑制がはずれると、ごく当たり前の正直さも失われていくということが、最近のエンロン、ワールドコム、タイコ等の不祥事で証明されました。(p139-140)
 社会規範の変化を促した社会構造の地殻変動の要因としては、

1 (イギリスにみられるような)戦時中の連帯の意識が弱まっていること
2 豊かな社会になったこと
3 性の革命と女性運動、ジェンダー革命を通じての影響
4 階級構造の変化
5 人種的多様性
6 人口の高齢化

 しかし、4の階級構造の変化は、2世代、3世代たつにつれて、活発な社会移動は次第に低下していく。

 経済的な階級間の差異が文化的な差異にも発展していきます。以上引用した刈谷剛彦の調査で、家庭の文化階層の指標として使ったのは、たとえば、「家の人はテレビのニュース番組を見るか」「家の人に博物館や美術館につれていってもらったことがあるか」「小さい時、家の人に絵本を読んでもらったかどうか」などに対する子どもの返事でした。そういう身近な次元で社会階層性が文化階層にも発展していけば、刈谷がいう「インセンティブ・ディヴァイド」をきたすに違いありません。それは低階層の学力取得意欲も学習効果も低下させ、階層の世代間再生産を促進するばかりでなく、階層間の相互的違和感を大きくして、社会連帯の意識の希薄化をどうしても進めます。(p148)
 不平等の拡大を当たり前とする社会規範が逆転する可能性としては、

1 この社会規範の変化はまだ決定的ではない
2 「あなたの不安、私の平和」効果

 「あなたの不安、私の平和」効果というのは、貧困層の悲惨は富裕層の生活の質を損なう可能性があるというもので、二人のイギリスのジャーナリストがこのシナリオを鮮やかに描写している。

 50年前、ほとんどの中流給与生活者が家に警報装置を備える状態を想像したら、恐怖症と診断されただろう。(これから20年たったら)経済的余裕のある人が、ボディーガードを雇ったり、レーザーワイヤーを施したり、警備犬を飼ったりする一方、その他の人たちは闇経済、ピストルと麻薬が通貨となっている闇経済で何とか生存しているのである。人々は合法的にせよ非合法にせよ、拳銃を携行することになるだろう。責任感のある親は子どもを一人では決して外に出させないだろう。(p155-156)

 児童虐待の増加と虐待の連鎖は、階級間の社会移動が低下しているあらわれかもしれない。
 セコムの増加が犯罪の増加のためだとしても、犯罪の増加は中国人の増加だけでなく、貧富の格差が拡大している結果ともいえるのではないか。
 社会保障にセコムのような防犯効果があることに日本の富裕層が気づき、それを認めるときは来るのだろうか?
(続く)
   

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