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December 20, 2004

ビラ配りと憲法

 12月16日、東京地裁八王子支部で、立川のビラ事件に無罪判決が出た。
官舎に『反対ビラ』無罪 憲法で表現活動保障(東京新聞)

 常識的な判決が出て、まずは一安心だが、控訴の可能性もあるし、何よりも世論の反応が気がかりだ。それについて、ガ島通信さんの以下の指摘が鋭い。

メディアの問題点を書くとキリがないので、市民団体について話します。注意しなければいけないのは、もはや日本において「市民団体」や「戦争反対」という言葉やイメージそのものが、左、赤、そして胡散臭いものとして認知されているということです。
(中略)
ビラまきやデモ、集会もいいでしょう。「総括」や「徹底糾弾」「平和と人権を守る」「憲法9条を守れ」もいいでしょう。平和や人権は本当に大切ですが、そのような言葉そのものに多くの人が胡散臭さや嫌悪感があることも知らねばなりません。それは、55年体制の中で置き去りにされたような旧態依然とした運動を展開してきた人たちにも大きな責任があります。「息苦しい社会」を作り出しているのは、権力側だけではありません。多くの人がそういうムードを「是」とするからこそ影のように忍び寄り、広がっていくのです。
 北朝鮮問題等で世論が保守化するなかで、平和運動は昔ながらの方法では通用しなくなっているどころか、逆効果にさえなっていることを、平和運動をする人は肝に銘じるべきだろう。政治や平和について書くブロガーにとっても、同様に言えることだ。私も、あまり政治に関心がない人の感覚から遊離しないように気を付けているが、これが意外と難しかったりする。
 新しいタイプの平和運動を行っている団体として、インターネットで参加を呼びかけたり、デモをパレードと呼んだりしているWORLD PEACE NOWがある。それでも、パレードに参加するのはまだ敷居が高いという人が多いだろう。インターネット時代の現代では、ネット上の運動が一番簡単で、効果があるのではないか。私は平和運動をしているつもりはないが、個人としてブログをすることも、平和運動の一種といえるだろう。

 さらに、今回の事件で、自衛官に不快感を与えるビラを配った人たちが悪いと思っている人が、想像以上に多いかもしれない。政治意識の高い人にとっては、信じられないほど単純な考え方だが、それが世論となり、選挙の投票行動にも影響を与えるとなれば、看過できない現実となる。判決でも、「少なからぬ居住者が他の商業宣伝ビラに対するものとは異なる不快感を抱いており、こうした感情に着目すれば検察官の訴追裁量権の逸脱とまではいえない」としている点に注意が必要だ。

ビラ配布無罪に防衛長官「こちらの言い分にも正当性」(読売新聞)
 これは、大野防衛長官が「法的判断は別として、ビラをまくのは言論の自由と関係することだが、それをしてほしくないというのも自由。まかないでほしいという言い分にも正当性があり、まく方も考えてほしい」と述べた記事だが、単純な考え方をする人々の琴線に触れる発言なのかもしれない。

 日本人の多くがそうではないと願いたいが、平和運動に対する偏見と、表現の自由など政治的権利に対する無知があるのかもしれない。判決では、ビラ配りは憲法二一条の保障する政治的表現活動としたが、問題は、この重要性を認識できる人がどれだけいるかだろう。

参考
日本国憲法
〔集会、結社及び表現の自由と通信秘密の保護〕
第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

忍び寄る影(ガ島通信)
無罪判決はメデタイのだが(What's New & Occasional Diary)
反戦ビラで逮捕された3人に無罪判決(私的スクラップ帳)
自衛隊官舎に反戦ビラ配布の3被告無罪に 東京地裁八王子支部:当然の判決。しかし・・・(M. H. Square)
-官舎に『反対ビラ』無罪-(愛のまぜご飯)
憲法再生フォーラム(★J憲法&少年A★)

関連バックナンバー
ビラを配ると逮捕される国?
日本国民の絶望感、イギリス国民のしぶとさ(2)

December 19, 2004

「グッバイ、レーニン!」

 先日、近くの映画館で「グッバイ、レーニン!」が偶然上映されていたので、見に行った。ドイツ本国では話題になった映画だが、日本ではそれほど知られていない映画だと思う。
 あらすじの紹介は他のサイトに委ねるとして、ここでは簡単に感想だけ。
 母親に東ドイツが健在であると嘘をつき続ける滑稽な話であるが、観ていくうちに意外とシリアスな話であることに気づく。というのも、私は、深読みかもしれないが、次の二点を疑問に思った。
 第一に、父親が西ドイツに亡命した本当の理由を考えると、母親の社会主義への信念は本心ではなかったのではないか。
 第二に、息子の恋人ララが母親に本当のことを話して、母親はすべてを知っていたのではないか。
 この二点を考えると、東ドイツが西ドイツに勝利したという最後のビデオは、社会主義のあるべき姿を語った感動的なシーンだが、母親は東ドイツが勝利したことよりも、息子がいかに母親を思っていたかに感動したのだろう。もちろん、社会主義のあるべき姿も、歪んだ社会主義体制下の東ドイツでは、多くの国民の願望であったに違いない。

 秘密警察シュタージが暗躍し、統制経済で、非民主的だった東ドイツだが、社会主義国にも平等・雇用・福祉などで良い点があったのだろう。米国は、社会主義国家を悪の帝国と決めつけていたが、発想が単純すぎて危険だ。現在でも、社会主義国家がテロ支援国家に置き換わっただけで、この単純な発想は米国で続いている。

 この映画は、ドイツでは東西ドイツ国民の心の中に残る亀裂を克服するのに役立ったようだ。日本では旧東ドイツ人の気持ちを理解するのに役立つのではないか。その点、私は映画を見終わってから、ユーモラスさよりもシリアスさの方が心に残った。
 映画的にも良い映画だと思う。ララはかわいいし、ビデオやロケットなど感動的なシーンも多い。私はレーニン像が空輸されていくシーンが一番印象に残った。

参考
グッバイ、レーニン!(日本版公式ホームページ)
グッバイ、レーニン(欧州どまんなか)
[欧州映画紀行] No.032 グッバイ、レーニン!
ベルリンの壁崩壊15年(毎日新聞・記者の目)

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