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« 重慶爆撃について | Main | ベネゼエラで反グローバリズムが信任される »

August 15, 2004

『金で買えるアメリカ民主主義』を読む(2)

 水道の民営化はイギリスで始まり、エジプト、インドネシア、アルゼンチンへと事業を拡大していったが、ボリビアで始めたところで、民衆の抵抗にあった。
 ボリビア・コチャバンバの水道をロンドンのインターナショナル・ウォーターズ社(IWL)が買収、35%の水道料金値上げを実施した。2000年4月、民衆が抗議運動を起こすと、政府から話し合いの申し出があり、抗議運動のリーダーであるオスカー・オリベラたちが政府庁舎に入ったところ、逮捕されてしまった。それを受けて、建物の外にいた500人の群衆がデモを起こすと、軍が催涙ガスを発射して、銃弾を撃ち込み、死者6名、負傷者は失明した子供2名を含む175名の大惨事となった。
 IWLはアメリカの巨大建設会社ベクテル社(サンフランシスコ)の別名。ベクテル社はレーガン政権のジョージ・シュルツ国務長官が代表を務めていたことがある。
 水道料金値上げの原因は、IWLが必要以上に大規模なダムを造ろうとしていたことにあった。グレッグ・パラストはこの点を取り上げて、水道事業民営化の問題点について端的にこう指摘する。

p265
資本プロジェクトに金を出すのは投資家であり顧客ではない。これは会計学上の基本原理だ。そのプロジェクトが販売できる製品を生み出せるようになってはじめて、リスクを負っていた投資家たちはその利益で今までの投資を回収する。これが「資本主義」と呼ばれるシステムの真髄であり、魂であり、正義である。ともかく理論的にはそうだ。しかし独占企業が乗り込んできて町の水道の蛇口を掌握してしまえば、株主でなく、囲い込まれた顧客から資本プロジェクトに投下する資金を簡単に調達してしまうのだ(たとえそのプロジェクトが市場価格比600パーセントであってもだ)。
 このボリビアのデモはIMFや世界銀行であらかじめ予測されていた。世界銀行元チーフエコノミストのジョセフ・スティグリッツ(注)によると、世界銀行の援助戦略は以下の4段階からなる。
1   電力・水道会社等の民営化(国のリーダーたちにリベートが渡った。正確には「賄賂化」)
2   資本市場の自由化(金の国外への流出。「ホットマネー」サイクル)
3   市場原理にもとづいた価格決定(電気、水道、食料、家庭用ガス料金値上げ)
3.5  IMF暴動(料金値上げに反対する民衆の暴動を軍隊が鎮圧)
4   WTOと世界銀行のルールにもとづく自由貿易

 ボリビアのデモはIMF暴動の一例で、他に、1998年、IMFがインドネシア政府に貧困層への食料等に対する補助金を廃止させて国中で発生した暴動や、2001年、エクアドルで世銀が強要した家庭用ガス料金値上げをめぐって起きた暴動などが挙げられる。

 世界銀行を辞めたスティグリッツは途上国援助について、急進的な農地改革が必要だと考えていた。一般に、地主によって課される地代は収穫の50%という高率だ。しかし、スティグリッツは「土地所有への挑戦は、エリート層の権力図に変化が生じることを意味します。そういうことは、世銀の優先的な議題とはならないでしょう。」とパラストに話している。

 世銀スタイルのグローバリゼーションに背を向ける発展途上国がいくつかある。ボツワナ、中国、ベネゼエラなどである。
 ベネゼエラのチャベス大統領は米国を激怒させる2つの法案を通過させた。第一に、土地を持たない者に遊休地を与えることを約束する新たな土地法。第二に、海外資本の石油会社からとる採掘税の増税。さらに、海外資本に乗っ取られていた国営石油会社を掌握するために動いた。
 石油法案は、ベネゼエラが米国への石油輸出国トップで、OPEC議長国でもあったことから、米国が危機感を持ったのだが、土地法案のどこに米国が危機感を持ったのか。

p289
チャベスは、世界銀行とIMFがアルゼンチンに与え、究極的には強要した指導とまったく反対の道をとった。ベネゼエラへの投資を手控えさせるという企業による制裁の結果生じた景気の冷え込みから抜け出すため、チャベスは石油会社に税金を課し、その金を使った―「レンガとミルク」政策のために。これは古典的なケインズ的政策である。チャベスのレトリックとは裏腹に、こうした施策は革命的でもなんでもない。チャベスはフィデル・カストロではない。実際、彼は社会主義者でも何でもないのだ。マルクス主義は冷戦の「敗者」の哲学として信用を落としてしまったが、「チャベス主義」はますますラジカルになっている。チャベスは古いタイプの社会民主主義的改革者だ。住宅とインフラへの投資を増やし、商品の輸出価格を統制し、土地を持たない者に土地を与えた。これはスティグリッツ教授が世界中の貧困の核心にあると指摘する「地主主義」への攻撃だ。もし、チャベスがジョン・F・ケネディの時代に政権を勝ち取っていたら、ケネディが暖めていたコミュニズムに対するより穏やかでやさしい答えである「進歩のための同盟」の開発モデルにぴったりはまったにちがいない。今日、チャベスの富の再配分による改革は、IMFの企業よりの自由市場特効薬に替わる、たしかに機能する代案を提供している。
(中略)
チャベス政権の大臣が、ベネゼエラの成功は許すことができない脅威的な例なのだと言った意味はこれだったのだ。新グローバリゼーション秩序に異を唱える者は罰を受けるのだ。
 2002年6月、チャベス大統領は誘拐されたが、24時間以内に大統領宮に戻ることができた。チャベスは米国大使館付き武官が、自分が監禁されていた軍の基地に入っていく様子を収めたビデオテープを持っているという。
 そのとき、首都カラカスで20万人がチャベス大統領に抗議してデモ行進を行い、米国メディアが取り上げた。しかし、同じときに50万人がチャベス大統領を擁護してデモ行進を行ったことは米国メディアは取り上げなかった。p280に「われわれが見てはならなかったカラカスでのデモ」というそのときの写真が載っている。

 次回は、チャベスのベネゼエラ以上に米国を激怒させたアジェンデのチリについて。


ジョセフ・スティグリッツは1999年、世銀スタイルのグローバリゼーションに反対意見を述べ始めたところ、アメリカ財務省長官ラリー・サマーズの要求で世界銀行を退職させられる。その後、2001年、ノーベル経済学賞を受賞。著書に『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』などがある。

中南米関連のニュースサイト
中南米新聞
益岡賢のページ

8/20訂正
 チャベス大統領は誘拐されたのは2002年4月。首都カラカスで2つのデモ行進が行われたのは2002年6月。
 詳しくは「ベネゼエラで反グローバリズムが信任される」参照。

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